はじめに:分析哲学についてわかりやすく!

分析哲学は、哲学の手法の1つとして今や広く認知されており、特に英米圏では「哲学=分析哲学」と言えるほど支配的な力を持っています。

しかし改めて「分析哲学って何?」と聞かれると、返答に困る人も多いのではないでしょうか。

実際、20世紀前半に本格的に整備された分析哲学は、現在に至るまで様々な変遷を辿りながら多様な問題にチャレンジしており、その全体像を知るのは容易ではありません。

そこでこの記事では、分析哲学をこれから学ぶ人、もう一度学び直したい人のために、分析哲学の特徴・歴史・主要なテーマ・おすすめ哲学書などについてわかりやすく解説します!

なお、この記事は分析哲学についてかなり網羅的に紹介しているため、やや長文になっています。「時間がなくて最低限の情報だけ知りたい!」という方は、最後の「分析哲学のまとめ」をご覧ください。

分析哲学の概要についてわかりやすく

分析哲学の特徴

「分析哲学」という名前を聞いたとき、多くの人は「何を分析する哲学なんだろう?」と思うことでしょう。

分析哲学が何を分析するかというと、ズバリ「言語」です。

分析哲学の根っこには、「世界があって言語があるのではなく、むしろ言語があって世界が開かれる」と考える「言語論的転回」の思想があります。

要するに、「世界を分析するとき、まずは言語を分析しなければならない」ということです。

初学者にはややわかりにくい思想なので、1つ例を挙げましょう。

大学のレポートで、「幸福について論ぜよ」という課題が与えられたとします。あなたはいくつかの文献資料をもとに幸福について論じ、レポートを執筆しました。

無事レポートを提出して休んでいたあなたに、教授から1本のメールが届きます。

そのメールには、「あなたの幸福の経験と私の幸福の経験は明確に違っているはずなのに、なぜ『幸福』という同一の言語で異なる経験を表せるのですか?」と書かれてありました。

幸福について論じるためには、「幸福」という言語の意味がそもそもどのようにして成立し、なぜ一人一人の違う経験を「幸福」という言葉でまとめられるのかが明確になっていなければなりません。

「幸福」という言葉の意味が不明瞭ならば、幸福について論じたあなたの論文の意味も不明瞭になってしまうからです。

もちろん、普通の大学のレポートでここまでの論理的な厳密さを求められることはありません。しかし哲学としての厳密さを極限まで重んじるのであれば、あなたは「幸福」という言語の意味の成立条件について考察する必要に迫られます。

この例からわかるように、世界についての事象(幸福)について厳密に分析するためには、その事象を表す言語(「幸福」)の成立条件を分析する必要があります。

哲学に限らず、明確な意味を持った主張を展開するためには、まず言語の分析が必要になる。分析哲学はその言語分析を行う、というわけです。

分析哲学の歴史

分析哲学の特徴について簡単に紹介したところで、分析哲学についてレポートを書きたい人のために、簡単にその歴史を紹介しておきましょう。

フレーゲとラッセルの登場

分析哲学の歴史は、大体19世紀末から20世紀初頭の論理学革命から始まります。

論理学は古代ギリシアのアリストテレスによって確立されて以来、2000年以上もの間本質的には変化しないで継承されていました。

しかし、アリストテレスの論理学が取り扱える命題は限定されており、より多くの命題を表現するために論理学のシステムを一新する必要がありました。

そこで登場したのが、ゴッドロープ・フレーゲというドイツの論理学者と、バートランド・ラッセルというイギリスの論理学者です。

フレーゲは「述語論理」と呼ばれる現代論理学の基礎を形成し、ラッセルもフレーゲと同様に新たな論理学の創出に寄与しました。

この2人の活躍によって、言語を精密に分析する分析哲学が可能になったのです。

人工言語学派と自然言語学派

フレーゲ・ラッセル以後、言語を論理的に分析して哲学的な問題を解明しようという運動が盛んになってきます。

その運動の中で、2つの流派が誕生しました。1つが「人工言語学派」で、もう1つが「日常言語学派」です。

人工言語学派の人々(カルナップ、シュリック、エイヤーなど)は、私たちの日常言語は論理的に不完全であるので、厳密な論理に基づいた人工言語を創造し、人工言語を用いて哲学的な問題を考えようとしました

結果的にこの試みは失敗したのですが、人工言語学派の人々の考えは学問分野を超えた影響を与え、後の「科学哲学」という学問分野の構成に大きく寄与することになります。

人工言語学派が日常言語を不完全と見做すのに対して、もう一方の日常言語学派の人々(ライル・オースティン・ストローソンなど)は日常的な言語使用を丁寧に分析することで哲学的な問題を解明しようとしました

ここで得られた哲学的な知見は、後に形成される「心の哲学」という分野に大きな影響を与えることになります。

このように、人工言語学派と日常言語学派は互いに反目しながらも、後世の哲学の進歩の礎となったのです。

ここから、「論理実証主義」と呼ばれる思想を持ったクワインやウィトゲンシュタインたちが登場し、分析哲学はいよいよ本格的に哲学の一大潮流となり、現在に至るまで広範な学問領域に影響を及ぼし続けています。

分析哲学の問題についてわかりやすく

分析哲学の概要について説明したところで、ここからは分析哲学で扱われてきた主要なトピックを2つ取り上げて紹介します。

この記事で紹介するトピックは、

  1. 知識

です。自分の興味のある方から読んでみてくださいね。

分析哲学の問題①:知識とは何か

分析哲学の有名な問題として、「知識とは何か」があります。

改めて聞かれると、「さてどうやって答えればいいものか……。」となる問題ですよね。

この手の漠然とした問題は、構成要素について考えると分析しやすくなります。この場合、「知識の構成要素とは何か?」という風に考えればいいわけです。

さて、知識とは何で出来ているのでしょうか。

知識は3つの要素でできている?

まず大前提として、知識とは人間の判断によって形成したものです。「太陽は東から昇って西に沈む」という当たり前の知識も、太古の時代の人間が太陽を観察する中で判断した結果であるはずです。

そして、知識は正しくなければなりません。知識には意味が必要ですが、例えば「太陽は東から昇る」と「太陽は西から昇る」が共に知識として成立する場合、この2つの知識は実質的に無意味になってしまう(太陽の昇る方角についての情報がわからなくなる)からです。

また、知識は偶然正しいものであってはならず、もっともな根拠を持って必然的に正しい必要があります。「コイントスで表が出たから、太陽は東から昇る」などという知識は、意味のあるものとして信頼できませんからね。

以上取り上げた3つの要素「判断」・「正しさ」・「もっともな根拠」を有した知識とは、例えば

「1年間太陽を観察した結果、太陽はいつも東から昇って西に沈んでいた」という「もっともな根拠」から

「太陽は東から昇って西に沈む」と論理的に導き出される知識のことを指します。

なるほど、このように導かれた知識は、確かに「知識」と呼べそうです。

しかし、「判断」と「正しさ」はともかくとして、「もっともな根拠」ってぼんやりしててわかりにくいですよね。

「もっともな根拠」という部分の規定が曖昧だと、例えば以下の事例のような問題が生じてしまいます。

恵と麻子をめぐる知識の問題

恵と麻子は、同じ美術展に作品を出展しました。どちらの作品も良い出来で、最優秀賞を争うだろうと予想されています。

賞の発表会場で恵は、

  1. 恵は、麻子がハンドバックに画集を入れているのを見た。
  2. 恵は、麻子の作品が主席審査員に絶賛されている場面に遭遇した。

①と②を「もっともな根拠」として、

  1. 麻子はハンドバックの中に画集を入れている
  2. 麻子は最優秀賞を取る。

という判断を下し、この2つの判断から

ハンドバックの中に画集を入れている人は、この美術展で最優秀賞を取る

という判断を導きました。現在与えられている条件から、③の判断は真であると言えます。

 

恵の判断は「もっともな根拠」に基づいている「真なる判断」です。それゆえ従来の規定では、恵の判断は知識と言えるはずですよね。

ところが実際には、ハンドバックに画集を入れているのは麻子ではなく恵であり、最優秀賞を獲得したのも恵でした。

麻子はハンドバックに画集を入れた後、待合室の机に画集を置き忘れていて、恵は1ヶ月前から画集をハンドバックに入れているのを忘れていました。また、主席審査員は麻子の作品を見た後で恵の作品を見て、すっかり恵の作品に魅了されてしまっていたのです。

ということは、「ハンドバックの中に画集を入れている人は、この美術展で最優秀賞を取る」という恵の判断自体は正しいのに、恵は美術展で最優秀賞を取る者についての正しい知識を持っていないことになります(恵は麻子が最優秀賞を取ると思っているが、実際には恵自信が最優秀賞を取る)。

したがって、「正しい知識=もっともな根拠 + 正しい判断」という方程式は成立せず、「もっともな根拠」・「真理」・「判断」という3要素以外に必要な構成要素があることになります。

では、知識の構成要素として何が足りないのでしょうか。

知識は6つの要素でできている?

恵が正しい知識を持てなかったのは、

  1. 麻子はハンドバックの中に画集を入れている
  2. 麻子は最優秀賞を取る

という判断が、予期せぬ出来事によって誤りになってしまったからです。

言い換えれば、「ハンドバックの中に画集を入れている人は、この美術展で最優秀賞を取る」という判断を導く推論の根拠に致命的な誤りがあったために、恵は誤った知識を持ってしまったのです。

だとすれば、些細な(=推論プロセスに致命的影響を与えない)誤り以外の誤りに依存する推論に基づかない、もっともな根拠に基づく正しい判断」が「知識」であるということになります。

以上から、「知識」という概念が、「もっともな」・「真なる」・「判断」・「些細な誤り」・「依存する」・「基づく」という6つの構成要素からなることがわかりました。

この規定は、ゲティアーというイギリスの分析哲学者が1963年に発表した論文で初めて提示されました。

以来、知識を研究テーマとする分析哲学者たちがゲティアーの議論に反駁・修正をし続けています。

気になる人は、この記事の最後で紹介する関連書籍を参照してみてくださいね。

分析哲学の問題②:心とは何か

心とは何か。

この問題については、分析哲学の分野でも古くから検討され続けています。

心の問題の分析については非常に多くの視点があるのですが、この記事では因果性、クオリア、認識論(他我問題)から「心」について考えることにします。

一つずつ、ゆっくりと分析していきますので、気軽に読んでみてくださいね。

因果性の問題

「心とは何か?」という問題を少し具体化・細分化すると、「心はいかにして生じるか?」という問題が提起されます。

この「心はいかにして生じるか?」という問題を「因果性の問題」と呼ぶと、解くべき問題は差し当たり2つに分けられます。

  1. 心から物質への因果作用は可能か?可能であれば、どのようにして可能か?
  2. 物質から心への因果作用は可能か?可能であれば、どのようにして可能か?

1つずつ解いていきましょう。

①心から物質への因果作用は可能か?

心と物質が異なるものであり、物質は物質同士の間でしか相互連絡できないならば、心から物質へ因果を及ぼすことはできない

②物質から心への因果作用は可能か?

心が物質ではないならば、脳という物質が心という状態を因果的に生成することはない。物質から物質でないものは生成できないからである。

いきなり壁にぶつかってしまいましたが、この問題を解決するための明快な学説があります。1960年前後に現れた「心脳タイプ同一説」です。

「心脳タイプ同一説」とは心の状態は脳の状態と性質(タイプ)的にイコールである、とする考え方です。要するに、心と脳は同じ性質を持っている、ということですね。

確かに、心と脳(物質)が同一であると考えるなら「物質は物質同士の間でしか因果作用を及ぼせない」という問題を超えることができます。

では「心脳タイプ同一説」で万事解決かというと、そうは問屋が卸しません。心脳タイプ同一説には、以下の2つの問題が隠されています。

問題①:脳の時空的位置は特定できるが、心の時空的位置は特定できない

問題②:脳の状態と心の状態を一対一対応させるのは困難である。「指が痛い」という心の状態は、1種類の脳の状態に対応するのではなく、より幅広い種類の脳の状態と対応している。

またしても壁にぶつかりしましたが、この心脳タイプ同一説の問題を解決する学説もちゃんと用意されています。ヒラリー・パトナムという英米分析哲学の大家が提唱した「機能主義」という考え方です。

「機能主義」とは、「心とは因果的な機能のことである」とする考え方です。以下の出来事Aと行動Bを見てください。

  • 出来事A:「紙で指先を切る」
  • 行動B:「指先を止血して、涙を流す」

このとき、「指先が痛い」という心の状態は、出来事Aを原因として、行動Bを結果とする機能的な状態であると考えられます。

機能主義に基づいて心を捉えれば、心の状態と物質(脳)の状態を対応づける必要がありません。

それどころか、特定の原因から特定の行動を生み出す機構であれば、別に脳に限る必要すらないのです。

したがって機能主義は、無数の機構から同一の心を生み出せる可能性を示しています。人工知能に心を持たせる研究を行う場合などに有益な考え方だと言えるでしょう。

では、この機能主義によって心を捉えれば、今度こそ全ての問題が解決されるのでしょうか。

残念ながら心の問題はそれほど簡単ではありません。心の問題には、「クオリア」という大きな壁が立ちはだかっています。

クオリアの問題

クオリアとは主観的な感覚質のことです。例えば、赤いトマトをみたときの「赤」というイメージがクオリアと言えます。

クオリアは一人一人違うもので、他人と共有できないものです。赤いトマトを見てイメージする「赤」は、「私」の意識の上だけにぼんやりと生じる存在だからです。

「私」の意識が存在している限り、クオリアは感じられます。したがって、クオリアの存在は私の意識の存在と言い換えられますね。

私の心の現象としてクオリアは否定しにくい存在ですが、機能主義ではクオリアの存在について語ることができません。クオリアは心の原因と結果には無関係だからです(トマトを見て「赤」というクオリアを感じることと、トマトを見るという原因からよだれを垂らすという結果(行動)を導くことは無関係)。

では、このようなクオリアはどのように位置付ければ良いのでしょうか。

クオリアの位置付けについて妥当性の高い学説として「随伴現象説」という学説があります。

「随伴現象説」とは、クオリアは何らかの物理的機構によって生成された因果的な機能に、ただ随伴するだけの存在であるとする考え方です。

「随伴現象説」は、「身体の物理的な反応に意識の状態が対応する」という考えであるとも言えますが、「この対応が本当に必然的であるか」という点について疑問が残ります。

例えば、歯の痛みという意識の状態=クオリアという感覚質が存在するとき、ただ痛むだけで一切の行動を取らない、ということがありうるからです。

現在のところ、クオリアについて確たる言説は存在しません。クオリアの問題については多くの哲学書で扱われているので、ぜひこの記事の末尾に掲載している参考文献を読んでみてくださいね。

認識論(他我問題)

さて、最後に認識論の立場から心の哲学の問題を考察しましょう。

「私」の心と「他者」の心は明確に異なります。「私」の心は私だけによって経験されるものですが、「他者」の心は経験不可能だからです(この経験不可能性を「他我問題」と言います)。

機能主義によって説明できるのは「他者」の心であって、私だけが経験できる「私」の心ではありません。

私だけが経験できる「私」の心の特徴こそが「クオリア」(他人と共有できない主観的な質、イメージ)であり、機能主義によってクオリアを説明することはできないからです。

となると、私だけが経験できる「私」の心を、いかにして説明するかという問題が残っていることになります。

「私」の心は、なぜ「私」にしか経験できないのか。「私」の心は、他者の心と本質的に何が違うのか。

結局のところ、現在の心の哲学は「私」の心について何も語ることができていません。

ですから、読者のみなさんにはぜひ自分の心の存在について思索してほしいと思います。この難問を解くのは、あなたかもしれませんから……。

おわりに:分析哲学のまとめとおすすめ哲学書

最後に、この記事で紹介した分析哲学のまとめと、分析哲学を学ぶ上でおすすめの哲学書をリストアップしておきます。

分析哲学のまとめ

  • 分析哲学の根幹には、「世界があって言語があるのではなく、むしろ言語があって世界が開かれる」と考える「言語論的転回」の思想があり、分析哲学はまず言語を分析する。
  • 分析哲学は、19世紀末にフレーゲとラッセルという2人の論理学者によって開拓された。以後、人工言語学派と自然言語学派との対立などを経て、現在に至る。
  • 分析哲学の主要なテーマの例として、「知識」「心」がある。
    • イギリスの分析哲学者ゲティアーの解釈によれば、「知識」という概念は、「もっともな」・「真なる」・「判断」・「些細な誤り」・「依存する」・「基づく」という6つの構成要素からなる。
    • 他人の心は、ある出来事を原因として、その出来事に対応する行動を結果とする機能的状態として心を捉えれば説明できる(=機能主義)が、「私」だけが経験できる「私」の心を説明する学説は未だ生まれていない。

分析哲学関連のおすすめ哲学書

この記事を書く上で参考にした哲学書

  • 青山拓央『分析哲学講義』、筑摩書房、2012年。
  • 八木沢敬『分析哲学入門』、講談社、2011年。

「知識」をテーマにしたおすすめ哲学書

  • デカルト著:山田弘明訳『省察』、筑摩書房、2006年。
  • パトナム著:野本和幸ほか3人訳『理性・真理・歴史—内在的実在論の展開』、法政大学出版局、1994年。
  • ヴィトゲンシュタイン著:丘沢静也訳『哲学探究』、岩波書店、2013年。

「心」をテーマにしたおすすめ哲学書

  • 金杉武司著『心の哲学入門』、勁草書房、2007年。
  • 信原幸弘著『心の現代哲学』、勁草書房、1999年。
  • 柴田正良著『ロボットの心 7つの哲学物語』、講談社、2001年。
  • 太田雅子著『心のありか—心身問題の哲学入門』、勁草書房、2010年。

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