大学1年生が春休みに読みたいおすすめの哲学書3選

大学1年生が春休みに読みたいおすすめの哲学書3選

時間がある大学1年生の春休みに読みたい哲学書、3冊選びました!

大学1年生のみなさん、春休みってどう過ごす予定ですか?運転免許の合宿とか、サークルとか、バイトとか、いろいろやることありますか?

忙しいわい!って思っている人も多いかもしれませんが、おそらく大学生活の中で一番時間を取れるのが1年生のときなのではないかと思います。

2年生以上になったら、サークルで重要な位置を占めるようになったり、ゼミが忙しくなったり、就活を始めないといけなくなったりしますからね。

というわけでみなさんには、1年生のうちにじっくり読書をしてほしいと思います。時間のあるときにじっくり考え抜いた経験は、後々に生きてくるはずです。

でも何読んだらいいかわからないよという人のために、この度私はじっくり読むべき哲学の古典を3冊選びました。どれか1冊でも構わないので、自分が納得できるまで読み抜いてほしいと思います。ぜひ頑張ってみてください!

大学1年生の春休みにおすすめの哲学書

この記事で選んでいる3冊の哲学書は、いずれも長大で、かつ重要な著作になっています。どれか1冊でもみなさんの心に刺さるものがあれば、どれだけ時間がかかってもいいので、ぜひ根気よく読破してみてくださいね。

 

大学1年生の春休みにおすすめの哲学書①:『ニコマコス倫理学』

『ニコマコス倫理学』の概要

最初に紹介したいのは、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』です。この書籍についての詳細は以下の記事をご覧ください。

『ニコマコス倫理学』要旨・要約、感想とレビュー

本書の著者であるアリストテレスは、プラトン・ソクラテスとともに古代ギリシアの哲学の頂点に君臨する天才です。哲学だけでなくあらゆる学問に精通していた彼は、その時代においてすでに微分方程式の原型となる考え方を発見していたとされています。

そんなアリストテレスが、人間にとっての善、幸福について極めて論理的に論述したのが本書『ニコマコス倫理学』です。邦訳文庫版上下巻合わせて700ページ余りの大作ですが、ぜひご覧ください。

『ニコマコス倫理学』の内容

人間にとっての最高善、究極目的は「幸福」であるとアリストテレスは考えています。その幸福とは、倫理的な卓越性に基づく活動です。要するに徳のある活動ってことですね。

また、字義的な意味での「幸福」は観照的な(非実践的な)活動になるのですが、、そのような生活は超人間的(神的)であって、人間的ではないとアリストテレスは指摘います。

真に人間的な幸福とは、倫理的な実践を含めた合成的な「よき活動」であり、そのような「よき活動」ができるためには、魂の本来的性質である倫理的卓越性に基づく「よき習慣」を身につける必要があります。

よき習慣づけのためには、法律による知慮的にして権力ある国家社会的な指導が必要であるが、立法の問題、国家の問題については場を改めて論じなければならない、というところで本論は閉じられます。本書の議論は、『政治学』という別の著作へ引き継がれていくことになるのです……。

『ニコマコス倫理学』の重要性

本書『ニコマコス倫理学』の重要性は、まず主観的な印象論に陥りやすい倫理学や幸福論を、緻密な論理の筋書きに基づいて論じられている点にあります。

古代ギリシアの哲学は、先行研究に乏しいが故に、自らの論理に対して非常に厳格な姿勢をとっている傾向があります。アリストテレスはその最たる例と言えるでしょう。

また本書は、論理的な緻密さを重んじながらも、生活上の実際的な場面に応じた記述を非常に多く含んでいます。富、名誉、知性、徳……。本書で扱われている様々なテーマは、今私たちが読んでも納得できるものばかりです。本書は倫理学の古典ですが、現代の生活にもすぐ実践できるヒントが詰め込まれているのです。

大学1年生の春休みにおすすめの哲学書②:『判断力批判』

『判断力批判』の概要

続いて紹介したいのは、カントの『判断力批判』です。本書についての詳細は以下の記事をご参照ください。

『判断力批判』要旨・要約、感想とレビュー


本書を著したイマヌエル=カントは、言わずと知れた近代ドイツの大哲学者です。カントなくしてそれ以後の哲学史は存在しないと言ってもいいでしょう。

彼は様々な著作を遺しましたが、中でも有名なのが『純粋理性批判』・『実践理性批判』・『判断力批判』の3冊です。

この中から私が『判断力批判』を取り上げるのは、本書が上の3冊をまとめる著作となっているからです。ですので本書を読んでから残り2冊を読むと頭に入りやすいと思います。

とはいえ本書も、邦訳文庫版上下巻合わせて650ページ以上に及ぶ長大な作品ですので、ゆっくりじっくり読んでほしいと思います。

『判断力批判』の内容

純粋理性=悟性と実践理性の中間にある判断力は、その機能において、美学的判断力目的論的判断力に分けられます。

美学的判断において私たちは、モノの表象から主観的な構想力(対象が現前していなくても、その対象の表象を構想する力)によってその美、あるいは崇高(という主観的な合目的性)を反省的に認識しています。また、目的論的判断においては、自然の客観的な合目的性を反省的に認識することになります。

「およそ意図の実現には、必ず快の感情が結び付けられて」(上巻、p51)おり、自然が合目的的である以上、人間を含むあらゆる自然の所作は全てなんらかの意図の実現であると言えます。したがってそこには、普遍的に快の感情があるのです。

自然は自然界(現象界)に属し、意図は自由界(叡智界)に属しています。そして、合目的的な自然は、その意図の実現において普遍的に快をもたらします。こうして、現象界と叡智界の統合が、快の感情を導く判断力によって果たされるとカントは主張しています。

『判断力批判』の重要性

本書『判断力批判』の重要性は、美や芸術といった概念を合理論の体系をまとめるものとして位置付けたことにあるでしょう。

例えばプラトンは『国家』の中で、創作芸術(特に詩)の本質は「模倣(ミメーシス)」にすぎないと捉え、芸術に対してある意味否定的な立場をとっていました。これに対してカントは、美学的な判断力は自然界と自由界を合理性によって統一する力を持つと考え、その力を尊重しました。

カント以後、美学は思想の一分野として大きく発展していきます。芸術論の古典として、本書は今も重要な位置を占めているのです。

大学1年生の春休みにおすすめの哲学書②:『精神現象学』

『精神現象学』の概要

最後にご紹介したいのは、ヘーゲルの『精神現象学』です。本書については、以下の記事に詳細を掲載しております。

『精神現象学』要旨・要約、感想とレビュー


カントと同じく、ヘーゲルもまた近代ドイツを代表する思想家の1人です。カントが創始した「ドイツ観念論」を、ヘーゲルは全く違う発想で完成させました。

というのも、ヘーゲルはカントとは違って、精神を動的な運動体として捉えており、その運動のプロセスの極致に絶対的な知があると考えていたのです。

それは具体的にどういうことか、と思った方は、ぜひ邦訳文庫版上下巻合わせて1000ページ以上に及ぶ本書に手を伸ばしてみてください……!

『精神現象学』の内容

本書では、原初の感覚的な経験からスタートして、数多の弁証法的過程を経て最高次の「絶対知」へ至るプロセスが壮大なスケールで描かれています。最も直接的な感覚的確信とは「その事柄がただ存在している」という端的な真理です。

あるものに対する否定と、当のあるものとを調停する形で統合が果たされることを「弁証法的統合」とヘーゲルは呼ぶのですが、彼は感覚的確信に端を発して、自己意識→理性→精神→啓示宗教→絶対知と弁証法的プロセスを進めていきます。

絶対知に至る直前のステップである啓示宗教で、精神はついに、完全で真なる内容を啓示されます。絶対知において、己の精神はその啓示された内容を概念として知的に理解することができるようになります。ここで精神は、完全で真なる内容を内側に収めた絶対精神となるのです。

『精神現象学』の重要性

ヘーゲルは、個人の特殊的な精神は、弁証法的なプロセスの中で最終的に普遍的な精神=絶対精神に至ると考えていました。そして、あらゆる存在は精神に対して何らかの形で現象しているものなので、あらゆる現象を包摂する絶対精神には、全ての存在=存在の全て=世界が現象(存在)することになります。

つまり、精神が弁証法の中で特殊から普遍へ展開されていくプロセスが、そのまま世界の全体の体系が開けてくるプロセスでもあるのです。

ちっぽけなこの「私」の精神から、世界の全てが開かれる。いかにも観念論的な命題ですが、よくよく考えてみれば、真に普遍的な学問が存在するためにはこの命題が成立しなければなりません。学問の真理に到達しうる人間が限られているのであれば、その学問は普遍的とは言えないからです。

したがって、私たちの学問の普遍性を担保する上で『精神現象学』の主張は非常に重要であるのです。

大学1年生のの春休みは、哲学書をじっくり読んで教養を深めよう!

いかがでしたか?

この記事で紹介したのはいずれもかなり長大な作品ばかりなので、内容の紹介だけ読んでも何が何やらわからなかったかもしれません。

そんな人はぜひ、毎日少しずつ時間を作ってこれらの哲学の重要な古典を実際に読んでみてほしいと思います。

例え理解できなくても、その経験はみなさんの教養をしっかり育ててくれるはずです。

それでは、頑張ってみてくださいね!

コメントを残す