目次
『全体性と無限』の基本情報
書籍名:全体性と無限 上・下
著者名:エマニュエル=レヴィナス
翻訳者名:熊野純彦
発行:岩波書店
発行年:2005、2006年
『全体性と無限』のキーワード
カテゴリ:哲学
キーワード:西洋思想、倫理学、宗教哲学、存在論
『全体性と無限』のレビュー
私たちは普段、インターネットを介して対面では会えないような人とも連絡を取り合っている。では、そんな私たちにとって「他人」とは一体誰であろうか。事実上ほぼ全ての人々と交流できるインターネットという場がある以上、全くの「赤の他人」は存在しないようにも思える。
だが、実際にはインターネットの網の外に、今なお数億の人がいる。なまじインターネットによって全ての人と繋がっているような気分になっているために、そこから逸脱した人々の存在はどんどん透明になってきている。まるで、もはや私たちに「他人」などいないかのように。
本書『全体性と無限』は、「他人」と自我との関係をテーマにした倫理学的著作である。「他人」とは何か、私たちは今「他人」とどのように付き合えばいいのか。そんな疑問が頭の中にあるなら、ぜひ手にとってほしい一冊である。
『全体性と無限』の要旨・要約
人間の自我は、はじめは感性的な主体として、ただ快・不快のみを感じる。ところが、やがて与えられてきた快楽が永遠に続く保証がないことに気づく。そしてその主体は確固たる自我のもとで、能動的に社会に働きかけ、身の回りのものを自分のものにしていく。
その活動の中で、主体は決して自分の支配下に置けない−理解可能性を超えた−「他人」に出会う。この「他人」は自我の「全体性」から逸脱した「無限」として主体の前に現れる。
「他人」に遭遇した主体は、その「他人」を意識せずにはいられなくなる。自我の意識の中に、あるはずのなかった「他人」の影が落ちる。そのとき、もはや自我は自分1人ではなくなる。自我は、自分自身と他人との関係に根差した新たな自我に生まれ変わる。こうして、主体は自我の有限性を乗り越え、その彼方にある無限なるものと関係を結ぶことができる。
『全体性と無限』への感想
レヴィナスが若き頃から取り上げていた問題の一つに、自我の有限性の超越がある。
自我の有限性に関連する問題自体は決して新しいものではなく、デカルトが『方法序説』で既に述べている。不完全な自我の内部に宿っている普遍的な事実は、完全なる神から授かったものである、とデカルトは考えていた。
同様の問題に対して論理学的な立場から回答を出したのがヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』である。その回答とは、有名な「語ることができないことについては、沈黙するしかない」だった。語り得る問題は有限であり、それは言語の限界である。だから、無限なる問題は神秘であり、故に何も語れないのだ、と。
また、自我の有限性の超越を自我の否定によって成し遂げようとしたのが、『重力と恩寵』を著したシモーヌ=ヴェイユである。彼女は、自我が自我であることをやめて、神との合一を果たしたとき、自我は有限性を超越できると考えた。
デカルトにしてもヴィトゲンシュタインにしてもヴェイユにしても、有限な自我の対極にある無限なるものを形而上的な次元で捉えていたが、レヴィナスの立場は彼らとは真逆である。彼は、具体的な「他人」との出会いの中に、自我の有限性が超越される契機を見ていた。私はここに、レヴィナスの思想の有意義性があると思っている。
普遍・無限とつながる上で、何も形而上的なことは必要ない。ただ、目の前に現れた「他人」に、正面から向き合えばいい。哲学者としては珍しく、人間的で実践的な思想が、本書には宿っているのである。
『全体性と無限』と関連の深い書籍
『全体性と無限』と関連の深い「西洋思想」の書籍
- ヴィトゲンシュタイン著・丘沢静也訳『論理哲学論考』、光文社、2014年
- デカルト著・谷川多佳子訳『方法序説』、岩波書店、1997年
- デリダ著・合田正人;谷口博史訳『エクリチュールと差異』、法政大学出版局、2013年
- フッサール著・浜渦辰二訳『デカルト的省察』、岩波書店、2001年
『全体性と無限』と関連の深い「倫理学」の書籍
- コーヘン著・村上寛逸訳『純粋意志の倫理学』、第一書房、1933年
- ブーバー著・植田重雄訳『我と汝・対話』、岩波書店、1979年
- ローゼンツヴァイク著・村岡晋一;細見和之;小須田健訳『救済の星』、みすず書房、2009年
『全体性と無限』と関連の深い「宗教哲学」の書籍
- ヴェイユ著・冨原眞弓訳『重力と恩寵』、岩波書店、2017年
- フォイエルバッハ著・船山信一訳『キリスト教の本質』、岩波書店、1965年
『全体性と無限』と関連の深い「存在論」の書籍
- ハイデガー著・細谷貞雄訳『存在と時間 上・下』、筑摩書房、1994年
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