『存在の彼方へ』の基本情報

書籍名:存在の彼方へ
著者名:エマニュエル=レヴィナス
翻訳者名:合田正人
発行:講談社
発行年:1999年

『存在の彼方へ』のキーワード

カテゴリ:哲学、西洋思想、存在論
キーワード:他者、身代わり、<語ること>と<語られること>

『存在の彼方へ』のレビュー

多くの人は、義務教育課程の中で、「他人に対して責任を持って行動しなさい」と親や教師に言われてきたことだろう。私もそうだった。

このような教師や親の忠告に対して、ひねくれたガキだった私は、

「いやいや、他人のことは本質的に理解できないんだから、他人に対して責任を持つってのは無理な話でしょ。自分のことだけ考えるのが結局正しいんだよ。」

などと反抗していた。なるほど、確かに他人のことを理解するのは本質的に不可能なのかもしれない。

だが、そもそも自分の自分としての存在(実存)が他人の存在を前提としているとすればどうだろうか?それでもなお、「自分のことだけ考える」ことは可能だろうか?

「???」と思われた方には、ぜひ本書『存在の彼方へ』をご覧になっていただきたい。ホロコーストによって親族のほとんどを虐殺されたユダヤ人思想家レヴィナスの、「存在に先立つ倫理学」は、みなさんの常識的な倫理観を転覆させてくれるはずである。

『存在の彼方へ』の要旨・要約

要点①:

存在するものは、存在することへの不屈な努力として達成される。

仮にこの世の原子(的なもの)が全て等間隔に存在するならば、この世に個体は発生できない。

この世界の構成要素の存在比率に偏りが生じ続けるからこそ、個体は個体として存在し続けられるのである。存在への努力とは、この「偏らんとする努力」と言っていい。

要点②:

ゆえに、存在するものは、常に自身の存在の外側(=存在の彼方)へと赴いている。

存在は常に、新たな存在として自身を再構成しようとしているのである。

要点③:

存在が、自らの存在の外側を行く行為を、レヴィナスは「言語に先立つ<語ること>」と呼ぶ。

<語ること>は、あらゆる社会的行為の前提となる自我の存在の前提となる、人間にとって最も本源的な可能性である。

自我が<語ること>を為すとき、<語ること>はすぐさま<語られたこと>となって、存在の外側にあったものが自我の存在へと還元される。

自我が<語る>その時点では存在の外側にあった他者が、新たな自我として存在の内側へと回収されるのである。

要点④:

したがって、自我が新しい自我となるとき、新しい自我は他者の身代わりになっている。

この身代わりは自我が存在する上で不可避な責任であり、絶対的な受動性に他ならない。

『存在の彼方へ』への感想

私たちが「道徳」や「倫理」の授業で習うような倫理学は、一般的に

「すでに存在している自我が、いかに倫理的に振る舞うか」

を説明する学問である。

これに対してレヴィナスの倫理学は、

「自我を構成する基盤にある倫理的な関係とは何か」

を考えている。通常の倫理学が自我から倫理を導くのに対して、レヴィナスの倫理学は倫理から自我を導いているのである。

したがって、レヴィナスの思想から、「結局倫理的に振る舞うにはどうすればいいか」という問いへの答えを引き出すのは難しい。

レヴィナスの教えは、

今ここにいる<私>の実存の中に木霊する他者の声を聞け

ということにある。

存在に先立つ他者の声ー

哲学者の足元を支える無数の参考文献、現在の感染症対策の礎となった数千万の犠牲者、私たちを産んだ祖父母の世代に戦禍に呑まれた無数の市民……。

私たちの何気ない日々の歩みの中に、他者の声は絶えず反響している。忙しい日々の中で、たまには立ち止まって、自らの過去・現在・未来に住む他者の声に耳を澄ませてみよう。

『存在の彼方へ』と関連の深い書籍

『存在の彼方へ』と関連の深い「西洋思想」の書籍

  • デカルト著・山田弘明;吉田健太郎;久保田進一;岩佐宣明訳『哲学原理』、筑摩書房、2009年
  • デリダ著・合田正人;谷口博史訳『エクリチュールと差異』、法政大学出版局、2013年
  • ブーバー著・植田重雄訳『我と汝・対話』、岩波書店、1979年
  • ヴェイユ著・冨原眞弓訳『重力と恩寵』、岩波書店、2017年
  • ローゼンツヴァイク著・村岡晋一;細見和之;小須田健訳『救済の星』、みすず書房、2009年

『存在の彼方へ』と関連の深い「存在論」の書籍

  • ドゥルーズ著・財津理訳『差異と反復 上・下』、河出書房新社、2007年
  • ハイデガー著・細谷貞雄訳『存在と時間 上・下』、筑摩書房、1994年
  • レヴィナス著・熊野純彦訳『全体性と無限 上・下』、岩波書店、2005-2006年
  • レヴィナス著・西谷修訳『実存から実存者へ』、筑摩書房、2005年

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