目次
『<現実>とは何か』の基本情報
書籍名:<現実>とは何か 数学・哲学から始まる世界像の転換
著者名:西郷甲矢人・田口茂
発行:筑摩書房
発行年:2019年
『<現実>とは何か』のキーワード
カテゴリ:哲学、存在論
キーワード:不定元、置き換え可能性、自由
『<現実>とは何か』のレビュー
『<現実>とは何か』のテーマ
「数学を学ぶと役に立つ」と世の中の大人は言う。だが、
「現実と数学の間には、一体どんな関係があるのだろうか?」
という哲学的な疑問に応えられる大人は数少ない。
大人はみな、「数学は現実の構造の反映である」と思ってはいても、「数学が現実に直接関係している」とはなかなか信じられないのである。
そんな大人たちには、ぜひ本書『<現実>とは何か 数学・哲学から始まる世界像の転換』をおすすめしたい。
本書を読めば、
「現実があって数学がある」のではなく、
「数学があって現実がある」
ということが理解できるようになる。
世界の現れそのものを厳密に問うと、世界の現象の起源としての数学が見えてくる。そのとき世界は、もはや数学とは無関係でいられなくなるのだ。
この記事はこんな人におすすめ!
- 「数学なんて役に立たない」と思っている人
- 数学と世界との関係について考えたい人
- 理系的な哲学に関心がある人
『<現実>とは何か』の要旨・要約
物理学における世界の現象:「問い」から「答え」が生まれる
物理学の世界では、現実の「実体」は「粒子」なのか、粒子が粒子として現れる「場」なのかという議論がある。
しかし、粒子も場も、現実世界の実体というには足りない。粒子は場を必要としている以上2次的な存在だし、場はそれ自体としては存在しないものだからである。
世界が「現れる」という現象は、端的に言えば「場が粒子になる」という事態である。
数学で言うところの「不定元」であり「問い」であるところの場が、「答え」としての粒子になる。
問い(場)から答え(粒子)が生まれるこのプロセスが現実世界の現象なのだとすれば、この現象は数学そのものに他ならない。
数学の普遍性:何らかの記号を選ぶことで、普遍性が発見される
数学は特定の記号に依存する必要はないが、何らかの記号に依存する必要はある。
例えば、「x^2 = -1」という方程式の解は、iでも-iでも構わない。だが実際にはiか-iのどちらかが解として選ばれる。
逆に言えば、どちらかが選び取られたという行為を通じて、「どちらでも良かった」という「置き換え可能性」が確認されている。
つまり、数学の骨格をなす普遍性(=特定の記号に依存する必要がないということ)は、何らかの記号を選び取るという具体的な行為によって現れるのである。
世界の現象としての<私>:置き換え可能性が自由を担保する
このような性質を持つ数学が織りなす世界の現象の一例として、<私>が挙げられる。
今生きているこの<私>が<私>以外の何者でもないが、今この場所に<私>が存在しなければならない理由はない。
<私>が<私>として生きていることは偶発的な事態なのであり、「今ここに生きている存在」としての<私>は、「誰でも良かった存在」としての<私>に他ならない。
解が複数個存在する方程式の、「ありうる解の一つ」がこの<私>なのである。
しかし、<私>がこのように置き換え可能であることによって、<私>の自由が担保される。
<私>は本来、<私>である必然性を持たず、置き換え可能な存在なのである。
『<現実>とは何か』のまとめ
- 世界は、問いとしての「場」が答えとしての「粒子」になることで現象する。この現象は数学そのものである。
- 数学の普遍性は、ある記号を選び取ることによって開かれる。
- <私>の自由は、数学の普遍性=置き換え可能性から成り立つ。
『<現実>とは何か』への感想
本書で描かれている数学と<私>との関係は、「数学の議論を人生論に広げてみました!」みたいなよくある議論ではない。
この手の議論は、数学の議論と人生論の議論を同じレベルで考えているが、本書の議論では数学の議論の上に<私>の議論が置かれている。
現実世界の現象を突き詰めると、「場が粒子になる」という事態になる。
この事態は「定まっていない問いが、答えという形に定まる」と言い換えられる。つまり数学そのものである。
そして数学の骨格をなす普遍性は、何らかの記号が選ばれることを通して発見される。
数学の、そして世界の普遍性の発見のプロセスの一例として、本書では<私>が挙げられている。数学の骨格を通して、初めて<私>の自由が捉えられるのである。
だから私たちは数学とは無関係でいられないのである。
『<現実>とは何か』と関連の深い書籍
『<現実>とは何か』と特に関連の深い書籍
- 明出伊類似・尾畑伸明著『量子決定論の基礎』、牧野書店、2003年
- 石飛道子著『「空」の発見ーブッダと龍樹の仏教対話術を支える論理』、サンガ出版、2014年
- 西郷甲矢人・能美十三著『圏論の道案内ー矢印でえがく数学の世界』、技術評論社、2019年
- 田口茂著『現象学という思考ー<自明なもの>の知へ』、筑摩書房、2014年
- フッサール著:田島節夫他二人訳『幾何学の起源』、青土社、2014年
- 「『現代思想』2012年3月臨時増刊号・総特集レヴィナス」、第40号第3巻、青土社、2012年
『<現実>とは何か』と関連の深い「存在論」の書籍
- ハイデガー著:細谷貞雄訳『存在と時間 上・下』、筑摩書房、1994年
- フッサール著:浜渦辰二訳『デカルト的省察』、岩波書店、2001年
- レヴィナス著:熊野純彦訳『全体性と無限 上・下』、岩波書店、2005-2006年