目次
『古寺巡礼』の基本情報
書籍名:古寺巡礼
著者名:和辻哲郎
発行:岩波書店
発行年:1979年
『古寺巡礼』のキーワード
カテゴリ:哲学、美学
キーワード:比較文化論(奈良・中国・インド・ギリシア)
『古寺巡礼』のレビュー
和辻哲郎と『古寺巡礼』について
この記事を読んで下さっている方の多くは、どこかで「和辻哲郎」・「間柄」・「風土」・「古寺巡礼」などといった言葉を聞いたことがある方だろう。
和辻哲郎は、1889年に現在の兵庫県姫路市に生まれ、東京大学などで教鞭をとりながら、日本と西洋の思想を融合させた「和辻倫理学」を提唱した人物である。
日本近代の思想を学ぶ上で和辻哲郎は非常に重要なキーマンだが、日本古来の思想と西洋の哲学を混交した和辻の思想は、なかなか理解しにくい部分も多い。
そこでこの記事では、和辻の代表作の一つである『古寺巡礼』の紹介を通して、和辻の思想のエッセンスをわかりやすく解説する。
タイトルからわかるように、本書は本格的な哲学書ではない。肩の力を抜いて、和辻の独特で味のあるエッセイを楽しんでいただければ幸いである。
この記事はこんな人におすすめ!
- 和辻哲郎の思想について簡単に知りたい人
- 『古寺巡礼』について簡単に知りたい人
『古寺巡礼』の要旨・要約
本書は、著者の和辻哲郎が奈良付近の寺院を訪れたとき(大正7年頃)の所感を綴った随筆である。
和辻は、奈良の唐招提寺・薬師寺・法隆寺・中宮寺などの仏像や建築の起源について思索し、日本の伝統文化とギリシア・インド・中国文化を鋭く比較している。
全ては紹介できないので、以下では特に興味深い考察を3つ取り上げる。
『古寺巡礼』における観音像についての考察の要旨・要約
- 推古天皇の時代における観音崇拝の流行は、一種の偶像崇拝として聖母崇拝に似ている
- 観音の様式変化の背景には、インド・ギリシア→中国→朝鮮→日本という観音の伝播の歴史的過程がある
- 観音の美しさは、超人的な存在が人間と同じ形をして現れているところにある
『古寺巡礼』における伎楽についての考察の要旨・要約
- 伎楽とは、仮面を付けて舞う古典芸術である
- 伎楽の仮面の表情は、ただ写実的であるだけでなく、悲嘆や歓喜といった感情を強いコントラストによって表している(だから表情が怖い)
- 伎楽は天平の時代から貞観の時代にかけて大きく変化したが、天平の伎楽はインド劇の影響を受けており、貞観の伎楽はギリシア劇の影響を受けている
『古寺巡礼』における風呂についての考察の要旨・要約
- 西洋の風呂は事務的だが、日本の風呂は享楽的である
- 古代ギリシアの時代に見られた娯楽の場としての風呂は、西洋には継承されず、なぜか日本において見られるようになっている
『古寺巡礼』への感想
『古寺巡礼』を読んでいると、和辻は文化の流れを
ギリシア、インド→中国→朝鮮、日本
という風に捉えていることがわかる。
このような和辻の捉え方の背景にある思想として、鈴木(2003)は、20世紀初頭に流行した「ヘレニズム東漸説」を指摘している(鈴木 廣之 「和辻哲郎『古寺巡礼』ー偏在する「美」」『美術研究』第379巻(2003年3月)、p139参照)。
「ヘレニズム東漸説」とは、アレキサンダー大王の東方遠征によって、ギリシア文化が東洋に伝わっていったという学説である。
この学説に賛同する学者たちにとって、奈良はギリシア文化の重要な到達点であった。
当時20代の若者だった和辻が大学から離れて奈良へ赴いたのも、奈良が文化研究において重要な位置を占めていたからなのだろう。
奈良の仏像や建築は、和辻にはきっと膨大に折り重ねられた歴史の縮図に見えていたに違いない。教養の浅い私には、残念ながらまだデカい人間以上のものには見えないのだが……。
『古寺巡礼』と関連の深い書籍
『古寺巡礼』と特に関連の深い書籍
- 鈴木廣之「和辻哲郎『古寺巡礼』ー偏在する「美」」『美術研究』第379巻(2003年3月)、pp.131-149、https://tobunken.repo.nii.ac.jp/?action=repository_opensearch&index_id=20
- 辻憲男「《すずらん抄》和辻哲郎の哀愁 : 「菜の花物語」から「古寺巡礼」へ」『親和國文』第44巻(2009年12月)、pp.67-73、http://id.nii.ac.jp/1452/00001258/
- 劉, 静瑜「和辻哲郎の「間柄」についての考察」『年報人間科学』第32巻(2011年3月)、pp.189-197、https://doi.org/10.18910/5201
- 和辻哲郎著『イタリア古寺巡礼』、岩波書店、1991年
- 和辻哲郎著『風土 人間学的考察』、岩波書店、1979年
『古寺巡礼』と関連の深い「美学」の書籍
- アラン著・長谷川宏訳『芸術論20講』、光文社、2015年
- カント著・篠田英雄訳『判断力批判 上・下』、岩波書店、1964年