はじめに:大学で哲学を専攻しようとする全ての人へ

こんにちは。昨日卒論ゼミで先生と口論をしてしまってやや反省している、ライターのらりるれろです!

卒論と言えば、私は今哲学を専攻しているのですが、実は哲学を専攻するようになるまでには様々な紆余曲折がありました。

そもそも私は文学部の人間ではありません。高校時代理系だった私は、文学部を避けて、あえて人間科学部を選択しました。

「人間科学部って何や?」って思われるかもしれませんが、人間科学部とは要するに、

「文系とか理系とかそういう障壁を取っ払って、もっと自由に事象を捉えようぜ!」

っていうスタンスをとっている学部です。

この学部で、私は哲学を専攻として選択し、卒論を執筆しています。

なぜ理系を選択していた私が、そんな前衛的な(?)学部を選択し、さらには文系のど真ん中のように思われている哲学を専攻するようになったのか。

今回は、そんな話をしたいと思います。

大学で哲学を専攻しようとしている方、哲学を学問として学ぶことに興味がある人は、ぜひ最後まで読んでみてください!

理系として大学に進学した私が、哲学を専攻して卒論を書くまで

哲学専攻への道①:文系から理系へ、そして人間科学部へ

高校時代。

当時から哲学が好きだった私は、哲学的な話を思いついては教室の後ろの黒板に書き記して周りから顰蹙を買っていました。

そんなアホなことをしていたためか、周りの友人や先生たちは、私が文系を選択し、文学部へ進んで哲学を専攻するのだろうと考えていました。

しかし私は、友人や先生たちの期待(?)とは裏腹に、東大の理科1類へ進学することを考えていたのです。

確かに、文学部へ進めば、普通に哲学を専攻できるでしょうが、それでは面白くない。せっかくの大学受験だから、もっと面白いことがしたい。

そうだ、あえて日本の理系の頂点に進学してから文学部へ進んで哲学をやったら面白いんじゃないか?

おおヤバイな、これは最高にクールでかっこいい。俺天才。よし、理系だ!東大理科1類だ!!

……と、最高にアホな考えと最高に軽いノリで、私は理系を選択し、東大理科1類を受験しました。

結果、不合格。

「まあそういうこともあるわな。次は理科2類にしたろ!」と、これまた軽いノリで浪人を決めて、翌年東大理科2類を受験しました。

結果、不合格。

どうやら俺は本当にアホであるらしいということがわかったところで、大学受験に見切りをつけ、第二志望である早稲田大学人間科学部に進学しました。

ちなみに、私が人間科学部を志望したのは、早稲田の学部紹介のパンフレットに書いてあった、

「文系とか理系とかそういう障壁を取っ払って、もっと自由に事象を捉えようぜ!」

という趣旨の紹介文を見て、

「ヤベーこれカッコええやん!これにしよ〜」

って思ったからです。

アホはどこまで行ってもアホであるようです。

哲学専攻への道②:大学に進学し、いざ「科学史・科学論」研究室へ

というわけで、私は生まれ育った関西の地を離れ、新天地東京にやってきました。

以下の記事↓でも書きましたが、人間科学部での勉強はすごく楽しくて、自然と好成績を挙げられるようになりました。

いろ〜んな分野の人たちが集まって自由に議論するっていう環境が、私にはよく合っていたんでしょうね。

そして、気がつけば学年でトップの成績を残していた私は、人間科学部に特例として用意されている「3年卒業制度」を利用することにしました。

3年卒業制度というのは、通常4年で修了するカリキュラムを3年で修了する特例措置のことです。いわゆる「飛び級」ですね。

この制度の存在を知った私は、「カッコええやんそれ!やったろ!!」というまた軽いノリで、1年次修了のタイミングで「飛び級」に挑戦しました。

幸か不幸か、成績審査と面接審査をパスした私は、2年次から「3年生」としてゼミに入って研究することができるようになりました。

哲学専攻への道③:いざ哲学へ

私が入ったゼミの名前は「科学史・科学論」と言います。

科学についての歴史・科学についての哲学を学んで、科学史や科学哲学についての卒論を書くことを目的とするゼミです。

「そんなもん誰が興味あるねん」と思われるでしょうが、当時私は科学哲学に関心があり、卒論も科学哲学関連で書ければいいなあと思っていたので、このゼミに入りました。

さて、ゼミではどのように科学史や科学論を学ぶのでしょうか。

簡単です。科学史や科学論に関連する書籍を精読する。以上です。

もちろん、ただ読んでいるだけでは頭に入りませんから、書籍の内容をレジュメにまとめて毎回のゼミで報告していきます。

最初の方は科学史関連の書籍ばかりで、哲学にしか興味のない私は「つまらんなあ」と思いながら毎週毎週レジュメを作成していました。

ルーティンワークに疲れ始めていた7月の初旬。前期のゼミのまとめとして、先生から「現代哲学」という書籍をいただきました。

(「現代哲学」については以下の記事をご参照ください。)

「フッ……幼い頃から哲学に親しんできたこの俺に、今さら解説書など…」

とたかを括っていたのですが、レジュメを書くために精読してみると、

超面白かったんです。

それまでのつまらない(失礼)歴史書と違って、やはり哲学書の議論には味がある。

目の前に広がる当たり前の日常の、ほんの小さな隙間を見つけ、言葉と論理の力でその隙間からこの世界の可能性を掬い上げる。

哲学書独特の、深く深く潜っていく議論を追っていくと、徐々に私たちの日常の小さな謎が可視化・明確化されてくる。

やがて私たちは、精密で厳密な議論によって導かれた巨大な謎に出会う。

その謎に触れる瞬間、「今ここに私が生きている」という端的な事実に、痺れるような快感を覚える。

「何言ってんだ」って感じですが、本当にこんな感覚になるんです、哲学書の議論を追っていくと。

あーヤバイわ、これは俺、現代思想専攻するしかないわ。

2019年7月、神経がジンジンするような感覚の余韻に浸りながら、私は現代思想を専攻することに決めたのです。

哲学専攻への道④:いざ卒論へ

さて、現代思想を専攻することに決めた私は、卒論で扱うテーマとして、エマニュエル=レヴィナスというフランスの哲学者の『全体性と無限』を選びました。

(本書についての詳細は以下のチェックしてみてください)

『全体性と無限』で卒論を書くことに決めたのは、どこかの思想書で『全体性と無限』というタイトルを見て、

「なんやこのタイトル〜めっちゃカッコええやん〜〜読んだろ〜〜〜!」

って思ったのがきっかけです。音楽でいうジャケ買いですね。

『全体性と無限』の原典の表紙。

たまたま第二外国語でフランス語を選択していて、フランス語が読めたので、原典で読んでみました。

いや〜〜訳がわからなかった。特に、「女性」についてのレヴィナスの説明が本当に意味不明でした。

でも、訳がわからないなりに、「女性」というのがレヴィナスの思想の中で重要な意味を占めているらしいということはわかりました。

そこで、レヴィナスの「女性」をめぐる先行研究を半年間ひたすら読み続けました。日本語の文献で100本。英語とフランス語の文献で250本。

すると、どうやら他の研究者の方々もレヴィナスの「女性」解釈で苦労しているらしい、ということがわかりました。

だったらこの俺がその「女性」論に一石を投じてやろうじゃないかということで、目下論文制作中です。

うまくいくかどうか知りませんが、見守っていただければ幸いです^^。

おわりに:文学部じゃなくても哲学は専攻できる

いかがでしたか?

この記事では、人生のターニングポイントで尽くアホな選択をしてきた私が、いかにして哲学を専攻して卒論を書くようになったかについて語りました。

理系でも、文学部じゃなくても、哲学の研究はできます。大事なのはやる気があるかどうかです。

というわけでみなさんも、哲学に興味があるなら、ぜひ哲学を専攻してみてくださいね!!

それでは!

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