東大落ち早稲田大学生が飛び級に挑戦した話。

みなさんこんにちは。zoomだとゼミでうまく話せないコミュ障のライターらりるれろです!

プロフィールをご覧になった方はすでにご存知かもしれませんが、実は私は早稲田大学を飛び級しております。

「飛び級」ということをより正確に言えば、

3年間で大学を卒業できる資格を手に入れている

ということです。

こんなことを言うと「天才じゃん」なんて思われるかもしれませんが、私は大学受験では見事に東大に落ちた平々凡々の頭脳の持ち主です。

東大に落ちてガックリした私が、なぜ飛び級に挑戦することになったのか__?

今回は、早稲田で飛び級をするための条件を説明した上で、私の飛び級への挑戦のプロセスを紹介します!

この記事を読んだみなさんが、飛び級を少しでも馴染み深く思って下されば幸いです。

早稲田で飛び級する条件(人間科学部の場合)

私の早稲田での飛び級体験談に入る前に、早稲田で飛び級するための条件について整理しておきましょう。

早稲田では、法学部・政治経済学部・国際教養学部(3年半卒業制度)・社会科学部・理工学部(基幹・創造・先進)・人間科学部で飛び級制度が導入されています。

ここでは人間科学部の飛び級の条件について説明するので、それ以外の学部の飛び級の条件は以下のリンクを見てくださいね。

2018年度現在の、早稲田大学人間科学部の3年卒業制度の適用条件は以下のようになっています(条件の具体的な内容は、2018年度早稲田大学人間科学部「学部要項」pp.8-9を参照しました)。

早稲田で飛び級する条件①:出願資格

  • 1年終了時に出願する場合:卒業算入単位を36単位以上取得していて、1年次のGPA(早稲田で適用されている評定。最低点が0.00で満点が4.00)が3.70以上であること
  • 2年終了時に出願する場合:卒業算入単位を76単位以上取得していて、1年次のGPAが3.70以上であること

早稲田で飛び級する条件②:出願資格を満たした場合の3年卒業制度の適用

出願資格を満たした者に対して、2月下旬に面接を行い、3年卒業制度の適用可否を決定する。定員は、各学年若干名(2・3名以下)とする。

1年終了時に3年卒業制度の適用が許可された場合は、2年終了時(2月下旬)に面接を行って、3年卒業に必要な水準の成績が維持されているか審査する。

審査の結果、3年卒業条件を満たすことが困難であると判断される場合は、3年卒業制度の適用を解除する場合がある。

早稲田で飛び級する条件③:3年卒業制度の判定

3年卒業制度の適用者について、以下の条件全てを満たした場合、3年卒業を許可する。

  • 3年春学期までのGPAが3.50以上である
  • 3年終了時に、修得単位が卒業要件を全て満たしている
  • 卒業研究の評価が「A+」(早稲田で適用されている5段階の成績評価の中で、最も高い評価)であること

早稲田で飛び級する条件④:3年卒業制度適用の伴う、科目登録上の特例措置

1年終了時に3年卒業制度適用が許可された学生に対しては、2年・3年における年間登録制限単位数をそれぞれ8単位増加し、49単位とする。

2年終了時に3年卒業制度適用が許可された学生に対しては、3年における年間登録制限単位数を8単位増加し、49単位とする。

科目登録上の学年は、原則1年加算する。例えば、1年終了時に3年卒業制度の適用が許可された場合、次年度は「学部3年生」として科目登録できる。

ゼミや卒業研究などの科目登録に際して前提条件がある科目について、この前提条件を満たしていない場合でも、3年卒業制度の性質上やむを得ない場合は登録を許可する。

早稲田で飛び級する条件まとめ

結構いろいろ条件ありますよね……。

適用資格を満たすまでのハードルが高いだけでなく、適用資格を満たしてからも常に資格が剥奪される危険があるというわけです。

この高い高い壁を、私はいかにしてクリアしてきたのでしょうか。

それでは、いよいよ私の飛び級体験談を語ることにしましょう。

物語は、私の大学受験まで遡ります……。

早稲田、飛び級への挑戦①:大学入学まで

「悪い、落ちたわ」

2018年3月10日午後0時。東大の全学部の合否結果がweb上で公開され、私は親や友達にそう言った。

私が受験した理科二類には、500人余りの受験者の受験番号がずらずらと並べられていたが、そこに私の受験番号がないのはなんとなくわかっていた。二次試験2日目の物理と化学が、全くと言っていいほど解けなかったのだ。

かくして私は、第二志望だった早稲田大学人間科学部へ進学することになった。

悔しくなかったと言えば嘘になるが、泣き言を言っても始まらない。大学のための勉強(語学など)を進めながら、私は人間科学部でどんな研究をするか考え始めた。

研究分野を探すために学部のパンフレットを見ていると、気になる項目を見つけた。

「3年卒業制度:本学部では、在学期間の特例として、大学が定める単位(卒業要件)を優秀な成績で修得したと認める場合には、3年以上4年未満の在学で卒業する「3年卒業制度」を設けている」(2018年度学部要項p.8より抜粋)

日本でも飛び級制度があるのか__!

驚いた私の胸に、「3年卒業」の4文字が深く刻まれた。ワクワクした。飛び級なんてできたら、そりゃあかっこいいだろうなぁと夢に描いた。

とは言え、この時点ではまさか自分が飛び級することになるとは全く思っていなかった。

早稲田、飛び級への挑戦②:大学1年生編

1年前期〜夏休み

2018年4月。私は晴れて大学生となった。

勉強は好きだったし、大学には学問を修めるつもりで来たので、とりあえず講義を真剣に聴いた。

さすがと言うべきか、やはり大学の講義は面白かった

大学の講義には、高校までの勉強のような不自由さはなく、自分の裁量でいくらでも内容を深められる自由さがあって、私にはとても心地よかったのだ。

人間、物事を楽しめると自然と結果がついてくる。前期の中間試験も期末試験も、ある程度の勉強で手応えが得られた。

7月に前期の講義が終わり、私は大学に入って初めての夏休みを迎えた。と言っても、講義もないのでひたすらアニメを見たり、時折思い出したように本を読んだり、気ままな生活を送っていた。

そんなグータラ夏休みライフが折り返し地点を迎えた9月上旬、前期の成績発表を迎えた。

手応えはあったが、大学の成績評価が初めてだったので、まあどんなもんかな〜というくらいの軽い気持ちで大学のマイページを開いた。

そこには驚くべき結果が記されていた。

GPA:3.89/4.00

なんと、前期に受けていた13の講義のうち、12の講義で最高評価であるA+が付けられていた。

あまりの高成績に喜び勇んだ私の脳裏に、「3年卒業」の4文字が呼び起こされた。

これだけ成績を上げられていれば、もしかして「アレ」いけるんじゃないか__?

期待を胸に、学部要項を読み直した。

「出願資格:1年終了時:卒業算入単位を36単位以上修得していること。1年次のGPAが3.70以上であること。」(学部要項p.8より抜粋)

いける。これならいける!

そんなに成績のことを気にしてなかった前期ですら満点に限りなく近い成績を取れたのだから、真面目に対策をすれば満点すら狙える。その領域に達すれば、絶対に3年卒業できる。

ここに来て、急に3年卒業が現実味を帯びてきた。そして、負担なくGPA3.70以上を確保できるように、1年後期の単位は少なめ(18単位)で行くことにした。

1年後期〜成績審査

前期で大学の講義の型を理解できたので、後期はよりスムーズに講義を受けることができた。

適度に手を抜くことを覚えた、と言ってもいい。関心のあるところは深く学び、そうでないところは程々に。

幸運なことに学期末試験もなかったので、のんびりとした正月を過ごすことができた……。

そして1年の全課程を終え、長い長い春休みに入ったわけだが、2月の中旬からだんだんと落ち着かなくなっていった。

2月23日に、3年卒業制度の成績基準を超えているかどうかの発表を控えていたからである。

成績基準を超えていれば、2月26日の面接審査を経て、晴れて3年卒業制度の適用が認められることになっていた。

成績発表そのものは3月なので、2月の時点ではまだGPAが3.70を超えているかどうかわからなかった。

前期が3.89だったから、後期は3.51以上あれば良い。明らかに前期より出来は良かったので自信はあったが、やはり緊張する。この成績で、自分の学生生活が1年短縮されるかどうか決まってしまうのだから……。

迎えた発表当日。時間指定はなかったので、今か今かとメールをじーっと監視していた。

いいかげん疲れてきたお腹が減ってきた午前11時20分頃。ようやく事務センターから連絡が届いた。

恐る恐るメールを開いた。

結果、合格。

ほっと胸を撫で下ろし、2日後の面接審査へ進めることになった。

面接審査〜結果発表

そして迎えた2月26日。面接審査は、キャンパスの会議室で午後3時から約15分間行われることになっていた。

面接で聞かれる内容についての説明はなかったが、おおよその検討はついていた。

3年卒業するということは、大学2年目に3年生となり、3年目に4年生となるということである。

従って2年目から3年生としてゼミに入り、研究することが求められるのだから、面接では研究したい内容が聞かれるはずである。

研究したい内容が明確に定まっていれば、3年卒業に耐えられる力があると判断されるだろう。

そう考えて、話す内容を準備しておいた。自信はあった。あとは話すだけだ。

面接会場に入ると、先生が4人並んでいた。学部の教務主任や学科の主任など、壮々たる面々であった。

挨拶もそこそこに、早速例の質問が来た。「あなたが来年から研究したいことは何ですか?」

「はい、私が研究したいのはメディア史で、特にインターネットのメディア史です。この研究をするために、科学史・科学論のゼミに入ろうと思っています!」

ここで「おや?」と思われる読者の方もいるかもしれない。今でこそ哲学を研究している私だが、ゼミに入る時点では社会学的な研究を志していた。

中でもインターネットについての研究は、当時の私には非常にクールで魅力的に見えていた。面接でも、自分のインターネットへの関心について熱く語った。

先生方もノリノリで応えてくれて、現状のインターネットの課題や読むべき書籍について一緒に語ってくれた。

気がつけば予定の15分を大幅に超過し、面接が終わったのは結局午後4時頃だった。

帰路、私は確信した。

いけた。間違いなくこの面接は通過した。私が受からないなら誰も受からないだろう、と。

なぜかって?面接が、心底楽しかったからである。就活の面接を経て今思うことだが、心の底から楽しめた面接は大抵うまく行っている。

あとは結果を待つのみ!と泰然自若に構えて、3月9日の最終結果発表を待った。

その日は帰省していた関西の実家から東京へとUターンする日で、午後1時半頃に新幹線で東京へと向かった。

結果通知メールを見たのは、その新幹線の車内のことである。

合格!!!

嬉しさのあまり、新幹線車内で両手の拳を握り締めてうずくまってしまったのを昨日のことのように覚えている。

約1年前夢に見た3年卒業が、ついに現実になった。1ヶ月後、私は3年生になり、研究を始められるのだ!

東大に落ちてから1年間の記憶がざっと蘇ってきて、感極まってしまった。少しだけ泣いた……嬉しかったのだ。

早稲田、飛び級への挑戦③:大学2年生編

2年前期〜夏休み

2019年4月。晴れて「3年生」となった私に待っていたのは、重くなる課題と成績へのプレッシャーだった。

(こんな感じだった)

3年で卒業するためには、通常4年で修得する単位を3年で取り切る必要がある。

3年卒業制度適用者には、特例として1年間で修得できる単位の上限が引き上げられており(41単位→49単位)、卒論や就活・院試で忙しくなる最終学年のために、2年次では上限ギリギリまで単位を取らなければならなかった。

私の2年前期の単位数は26単位。1年後期が18単位だったことを考えると、かなり負担が重くなっていた。

それに、1年の時と同様、ほぼ全ての科目で最高評価を取らなければならない。成績が悪くなれば、3年卒業の適用を途中で解除される恐れがあるからである。

1年生の時のように、ただ楽しんで講義を受けるというわけには行かなくなっていた。

先生の話を漏らさず聞いて、的確な試験・レポート対策を講じる必要があったのだ。

さらに運の悪いことに、2年前期の講義はどれも課題が思いものばかりだった。

試験こそ少なかったものの、ゼミも合わせて前期の間に作成したレポートは延べ34本。死ぬかと思った。実際、学期末はかなり病んでいた。

だがそれでも踏ん張った。せっかくこれだけやってきたのだ。たかだか重い課題如きで諦めるわけにはいかないだろう。

不退転の覚悟を持って地獄の学期末を乗り切り、迎えた9月の成績発表。

2年前期:満点。半期GPA4.00/4.00。通算GPA3.97/4.00。

思わず

「しゃらぁぁぁぁああああ!!!!!」

と叫んでしまった。

これまでで最も負担の重い学期で、最高の評価を獲れた。最高の気分だった。

必死に頑張ってきたことが報われる。こんなに嬉しいことはない。挑戦して良かったと、心から思った。

2年後期〜2020年2月前半

修羅場だった2年前期を乗り越えたおかげで、2年後期の負担はそれほど重くなかった。

その分、卒業研究のための勉強(哲学の勉強)に没頭できた。

フランス文学を専門にしている先生とフランス哲学の原典購読をしたり、文学部のフランス哲学の講義に潜ったり、東大の哲学読書会に参加したり……。

勉強の仕方も随分効率がよくなって、幅広く深く勉強できるようになった。

人生で初めて恋人もできて、公私共に充実した時間を過ごせた。

そんなこんなであっという間に2年の全課程が終わり、2020年2月、私は大学生活2度目の春休みに入った。ちなみに2年後期もGPAは満点だった。

最終学年で卒論を書くために、春休み最初の2週間は図書館でずっと資料を読み、分析していた。

しかし、だんだんと春の匂いがしてきた2月17日。私は突然研究ができなくなってしまった。急に将来が不安になってきたのである。

2020年2月後半

ゼミに入ってから私は、漠然と自分は大学院進学するものだと思っていた。成績も十分に上げているし、研究は楽しいし、ずっと哲学の研究が続けられればいいと思っていたのだ。

だが、よく考えてみると、哲学の研究をずっと続けるのは簡単なことではない。修士、博士と進んでも定職を得られない人たちはたくさんいる。

そこで就職しようと思っても、なかなか働き手は見つからないだろう。

第一、私は哲学そのものが好きなのであって、哲学によって何か新しい発見をしたいわけではない。そんな人間が、この辛く厳しい研究者の道を歩めるとは思えない。

「私は、研究者になるべきじゃない。就職して哲学の考え方を社会のために使う方が、よっぽど自分にとって楽しいはずだ__」

2月17日、突如として私はこの事実を自覚した。私は就職しなければならないのだということに、遅まきながら気づいてしまったのである。

というわけで、早速就活を始めた。試しに、「コンサル」・「Webサービス」・「出版」の三職種を希望して就活スカウトサイトに登録してみた。

コンサルはカッコ良さそうだし、Webは興味あるし、出版は楽しそうだと思っていた。要するに何も考えていなかった。

「3年卒業制度」「GPA満点」といったパワーワードが効いたのか、意外と色々な企業からスカウトをもらえた。「就活楽勝やん♪」と思った。

だが現実はそう甘くない。なにせ私は、2月までSPI(適性検査の一種)すら知らなかったアンポンタンである。

就活の初心者であることは容易に見透かされ、最初にスカウトをいただいた企業の面接(2月29日)では一発で落とされた。

2020年3月〜2020年4月

大学の試験で対策をするのと同じように、就活にも対策が必要になる。

当たり前の事実を今更自覚した私は、まずは自己分析を徹底しようと決意するに至った。

早稲田の3年卒業制度適用者。GPA満点。これらの特性を就活で生かすにはどうすればいいか考えた。

沈思黙考30秒。ポク、ポク、ポク、チーン。

答えが出た。GPA満点を取れる私はどんな先生の要求にも応えられる柔軟性タスク処理能力を持っていて、大学受験の失敗から3年卒業制度の適用に漕ぎ着けるだけの精神力も持っている。玉に瑕なのがあんまり協調性がないところ。うむ、完璧だ。

特にあらゆる要求に応えられる力は希少価値が高いだろうから、その能力を(多分)生かせるコンサルをプッシュしていこう!

と、まあ非常に行き当たりばったりな感じで、3月から4月にかけてコンサルの企業を2、3社受けた。

受  か  っ  た。

予想が当たったのかどうか知らないが、自己分析で得られた自分の特性を伝えると、非常に好印象を持たれたらしい。

協調性がないところも、個人の能力を重視する企業ではむしろプラスに働いたようである。

そんなこんなで無事に内定をゲットし、「4年生」を迎え、今私はこうしてブログを書いている。

3年卒業は、最終的に卒業研究で最高評価を得られれば認められる。だからまだ私の挑戦は終わっていない。

人生何があるかわからないが、まあとりあえず、その日その日を精一杯生きていこうと思う今日この頃である。

一度きりの大学生活を全力で楽しんで、飛び級に挑戦しよう!

いかがでしたか?

この記事では、早稲田の飛び級の条件を説明した上で、私がいかにして3年卒業に挑戦し、その挑戦の中でどんな出来事に遭遇してきたかをまとめてみました。

大学で飛び級する上で大事なことは、「楽しむ」ということです。

「人生で(おそらく)一度しかない大学生活、楽しまないでどうするんや!」というパッションがあれば、どんな困難にも挑戦してやろうという気になります。

元からの能力は、正直あんまり関係ありません。どこまで本気で人生を楽しめるか——大事なのは、その能力だけです。

みなさんも、悔いのない大学生活を送るために、精一杯楽しんでくださいね。

それでは!!

3件のコメント

  1. ピンバック: 理系として大学に進学した私が、哲学を専攻して卒論を書くまでの話。 | 【OLUS】オンライン図書館

  2. 素晴らしいです。

    以前から拝見させていただいておりますが、逆にらりるれろ様のA+を取れなかった科目についてお聞きしてみたいです。

    早稲田生

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