『芸術作品の根源』(ハイデガー)要旨・要約、感想とレビュー

『芸術作品の根源』(ハイデガー)要旨・要約、感想とレビュー

『芸術作品の根源』の基本情報

書籍名:芸術作品の根源
著者名:マルティン・ハイデガー
翻訳者名:関口浩
発行:平凡社
発行年:2008年

『芸術作品の根源』のキーワード

カテゴリ:哲学、美学
キーワード:世界、大地、道具

『芸術作品の根源』のレビュー:「存在すること」としての芸術

以下の記事で私は、「存在論的美学」という哲学の分野の概要・重要性について述べた。

この「存在論的美学」——特に20世紀以降の存在論的美学——を考える上で、どうしても外せない作品が1つある。それが『芸術作品の根源』である。

ハイデガーが1935年に行った講演を元に編集された本作には、ヘーゲルやアリストテレスの限界点を乗り越えるハイデガーの存在論的思想が色濃く反映されている。

『存在と時間』で知られるハイデガーが、存在論として芸術を語るとき、芸術はただの高尚な文化ではあり得なくなる。存在論としての芸術は、ただの一学問分野ではなく、この世界全ての存在に関わる根源的な問題となるのである。

たとえあなたが芸術に関心がないとしても、本作を読めば、あなたは芸術と無関係ではいられなくなるだろう。

『芸術作品の根源』の要旨・要約:「世界」への開け、「大地」への閉鎖

芸術作品は、芸術の概念と常に不可分な関係にある。芸術作品の根源を明らかにするためには、芸術の概念の根源へと至らなければならない(逆もまた然り)。

とはいえ、芸術の概念は芸術作品の分析によって見えてくる。まずは芸術作品の分析を始めよう。

芸術作品には事物が描かれているが、事物の本性は「道具」にある。

物の存在は他の物との関係によって規定されている(例えば、「ハンマーは釘を叩く物である」というように)。

芸術作品には必ず作者がいるので、作品に描かれた事物同士の間には必ず意味的な連関が存在する。現実世界では隠されていることが多い事物同士の関係性が、芸術作品の中では明らかになる。

芸術作品に描かれた事物は、諸事物との関連を明らかにする一方で、それ自体は物質として完結している

意味の関係性(意味連関)から離れたところで、事物は単独に存在しうる。一方で、事物は意味の連関に組み込まれてもいる

ハイデガーは事物の単独性=物質性を「大地」と呼び、連関性=道具性を「世界」と呼んで、世界の真実(「形態」)は、「大地」と「世界」の境界に位置付けられる事物から現れると考えた。

私たちの日常世界は、この「大地」と「世界」の境界から生まれている。芸術作品は、この「大地」と「世界」の境界を明らかにすることによって、世界の根源を私たちに見せてくれるのである。

『芸術作品の根源』への感想:有限化としての死、そして芸術

芸術作品に描かれた事物は、道具として他の事物と関連づけられている(「世界」へ開かれている)と同時に、それ自体として完結している(「大地」へ閉じている)。

芸術作品における事物の「世界」への開示と「大地」への閉鎖。この2つの逆ベクトルの運動の衝突こそ、事物が存在するという事実の本質であるとハイデガーは論じた。

ハイデガーの主張を端的に言い換えれば、芸術作品においては、作品内の事物が「存在すること」を描き出している、ということになる。

ヘーゲルやアリストテレス、さらに彼らに影響を受けたハイデガーが言うように、芸術が自然の模倣であるとすれば、自然の中にもまた「存在すること」を描き出す何かがあることになる。

ハイデガーの主著の1つ『存在と時間』によれば、<私>が「存在すること」を描き出すのはへの自覚である。

ということは、芸術作品と死は、ともに「『存在すること』を描き出す」という役割を背負っているわけである。では、芸術作品と死との間の共通点とは何か。

芸術作品と死との間の共通点は、両者がともに何かを有限化する営みであるという点にある。

芸術作品は、芸術が捉える世界を有限化し、死は今享受している生を有限化する。茫漠として捉え所のない芸術の世界や生が、芸術作品や死の働きによって輪郭を帯び、「世界」への開示と「大地」への閉鎖という「存在すること」の本質を見せるようになる。

芸術作品を制作することと、死を自覚すること。芸術の世界における有限化と、生における有限化。両者はともに、存在論的営為として機能している。

『芸術作品の根源』と関連の深い書籍

  • アガンベン著:岡田温司・栗原俊秀訳『裸性』平凡社、2012年。
  • アリストテレス著:三浦洋訳『詩学』光文社、2019年。
  • カント著:篠田英雄訳『判断力批判』(上・下)岩波書店、1964年。
  • バウムガルテン著:松尾大訳『美学』講談社、2016年。
  • バタイユ著:酒井健訳『エロティシズム』筑摩書房、2004年。
  • ヘーゲル著:寄川条路他3人訳『美学講義』法政大学出版局、2017年。
  • ペルニオーラ著:岡田温司・鯖江秀樹・蘆田裕志訳『無機的なもののセックス・アピール』平凡社、2012年。
  • ベンヤミン著:佐々木基一訳『複製技術時代の芸術作品』晶文社、1999年。

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