形而上学について〜概要と具体的な内容、オススメ本までわかりやすく〜

形而上学について〜概要と具体的な内容、オススメ本までわかりやすく〜

はじめに:形而上学についてわかりやすく!

この記事をご覧になっている皆さんは、形而上学という言葉をどこかで聞いたことがあるでしょう。

形而上学ってなんか響きがかっこいい言葉ですが、抽象的な概念なので中々意味が理解しにくいですよね。

そこでこの記事では、形而上学の概要から内容、おすすめの関連書籍について網羅的にわかりやすく解説します。大学で形而上学について専門的に学んでいる人も、何となく「形而上学」って検索してみただけの人もぜひ一度ご覧下さい。

形而上学の概要

形而上学の定義

初めに、形而上学の定義について簡単にまとめておきます。

形而上学とは、簡単に言えば「この世界の基礎的なあり方」を問う学問です。ここでいう「世界」とは宇宙のことではなく、存在する(現に存在しているor存在する可能性がある)もの全てを包括する全体を指す言葉です。

では、この「世界」の「基礎的なあり方」とは何でしょうか。

「基礎的なあり方」という表現は抽象的すぎて、このままでは理解しにくいですよね。というわけで、「基礎的なあり方」の一例を挙げて解説してみます。

形而上学の問い:存在の仕方

形而上学が問う「世界の基礎的なあり方」とは、例えば存在の仕方のことです。

例えば今、あなたの目の前にコップがあるとします。あなたの目の前にあるコップについて、「コップが存在することを説明してください」と言われたらどうしますか?

いきなりこんな質問をされたら「どう説明すればいいのか」と困惑するかもしれませんが、この質問に対する最も素朴な解答は「今私に見えているように存在している」です。

「見えているように」とは、「白い」とか「円柱形」とか、コップという像を構成する要素のことを指します。目の前に存在するコップは、私が今見えているように存在する。大多数の人にとって、最も納得しやすい解答ではないでしょうか。

ところが、この納得しやすい素朴な回答にケチをつけるクソリプマンが現れました。クソリプ(仮)は、あなたに対して次のような意見をぶつけてきました。

存在するものが、目に見えている通りに存在するなんて保証はないんじゃない?

クソリプの言いたいことは、つまり

  • 存在するもの
  • 存在するように見えているもの

との間には、決して埋まらない差異があるのではないか、ということです。見えるという認識は主観によるものであり、存在は主観の外=客観で成り立っている。主観と客観が相容れないとすれば、主観(視覚)から客観(事物の存在)を導くのは不可能ではないか、と。

クソリプマンの主張は完璧ではありません(主観と客観が排反であるという保証がない)ですが、確かに、視覚の認識と事物の存在との間に厳密な意味での繋がりはありません。となると、視覚の認識から事物の存在を導くのは難しそうです。

かといって、他の五感(聴覚や触覚など)から事物の存在を導くのも、視覚と同じ理由で難しい。人間の知覚認識から事物の存在を導けないとすると、どうやってコップの存在を示せば良いのか。

悩む私たちの前に、命題マン(仮)を名乗る哲学者が現れました。命題マンの言い分はこうです↓

「Xがある」という命題をf(x)として関数にする。f(x)の戻り値は TRUEまたはFALSEである。Xがf(x)の引数としてf(X) = TRUEを満たすことと、『Xが存在する』ことは必要十分である」

命題マンの主張は、「事物が存在する=『事物が存在する』という命題が真である」ということです。

例えば、「猫がある」という命題は真になるとすれば「猫」という事物が存在し、「ジュゴンがある」という命題が偽になるとすれば「ジュゴン」という事物が存在しないことになります。

命題の真偽で存在の有無を判定できるので、先程のクソリプマンが指摘していた知覚認識と存在との繋がりの無根拠性とは関係なく存在を説明できます。

が、しかし。命題マンの主張には重大な欠陥があります。知覚認識によらずに命題の真偽判定を行うにはどうすればいいのか、という問題があまりにも解決困難なのです。

仮に、「猫がある」という命題を真と判定し、「ジュゴンがある」という命題を偽と判定するとします。「猫」ならば真で「ジュゴン」ならば偽であるという根拠は、一体どこに求めれば良いのでしょうか?

普通なら(例えばレッドリストを作成する場合なら)「観測された記録があるか」が根拠になるでしょうが、今回はそうもいきません。観測は結局、主観的な知覚認識に回収されてしまうからです。

ではどうすればいいのか……。難しいですよね。そう、「存在する」というただこれだけの事態を説明することさえ、厳密に考えていけば非常に困難になるのです。

「存在」をはじめとする「世界の基礎的なあり方」は、考えていけば考えるほど、解明しにくい問題であることがわかります。だからこそ面白いし、考える価値があるのです。

形而上学の内容:アリストテレス

ここまで、形而上学の概要について説明してきました。「コップの存在を説明する」という事例から、形而上学の問題が少しずつ見えてきたのではないでしょうか。

そこで以下では、より具体的な形而上学の問題について、アリストテレスの学説をもとに解説していきます。

この記事で紹介できるのは、アリストテレスの(そして形而上学の)学説のほんの一部に過ぎないので、興味のある方は稿末に記載しているオススメ本も読んでみてくださいね。

形而上学の内容⓪:アリストテレスとは

アリストテレスとは、言わずと知れた古代ギリシアの哲学者です。2000年以上前に亡くなっているにも関わらず、現在でも盛んに研究が行われています。おそらくは、2000年後の未来でも研究が行われ続けていることでしょう。そのくらい絶大な影響力を持つ、まさに哲学の巨人です。

この哲学の巨人・アリストテレスは、主著『形而上学』の中で、「この世界の基礎的なあり方」を極めて厳格に問い直しました。当たり前すぎて検討もされてこなかった存在論や知識論を改めて体系化したという点で、アリストテレスは形而上学の始祖と言えるでしょう。

形而上学を知りたいなら、その根源であるアリストテレスを知らなければなりません。というわけで、以下ではアリストテレスの形而上学を

  1. 知識論
  2. 存在論
  3. 神学

という3つのテーマから解説していきます!特に事前知識は必要ないので、肩の力を抜いて読んでみてください。

形而上学の内容①:アリストテレスの知識論

知識論とは、要するに「存在するものをどうやって認識するのか?」という問題です。認識論とも呼ばれています。

私たちは何を知っているのか。どう知っているのか。なぜ知っているのか。「知識」・「認識」をめぐる5W1Hが、知識論・認識論のテーマになります。

このテーマについて、アリストテレスは人間の本能と知識との関わりから論じてみせました。

アリストテレス曰く、知識を得ることは人間の本能です。幼い子供は、新しいものに自然と関心を寄せます。知らないことがあると泣き、知ると興奮します。この知的な欲動こそ人間の本能であり、人間は真なる知識へと導かれている、とアリストテレスは指摘しました。

アリストテレスの知識論の重要なポイントは、本能という感性的な次元を知識という理性的な次元に接続してみせたことです。

アリストテレスの師匠に当たるプラトンは、感性と理性を切り分け、知識に繋がるのは理性だけだと考えていました。私たちも普段、なんとなくプラトンっぽい考え方をしていますよね。その価値観を穿ち、感性と理性を接続させたのがアリストテレスというわけです。なかなか斬新な考え方ですよね。

形而上学の内容②:アリストテレスの存在論

形而上学の一分野として「存在論」がありますが、存在について問うのは形而上学の特権ではありません。他の自然科学でも社会科学でも、存在している事物について問うのはごく一般的な行為です。動植物について調べたり、政治について考察したり、ね。

形而上学が他の自然科学・社会科学と違うのは、存在している事物の性質ではなく「存在していること」自体を対象にしているという点にあります。

例えばコップについて考察する場合、自然科学ならコップの材質や形状を研究するでしょうが、形而上学は「コップが存在すること」という事態の全体を扱います。

コップは存在するのか。存在するとすれば、それはなぜか。存在するものと存在しないものは何が違うのか。

こういった存在をめぐる問題を考えるため、アリストテレスは、いわゆる「存在」から「真の存在」を取り出す手順を思索しました。

存在は、まず「実体」「付帯的存在」に分けられます。実体と付帯的存在は、実体が「家」であるとすれば、付帯的存在が「家の住み心地」になる、という関係にあります。

家という存在は客観的に保証されるが、家の住み心地は人によって異なる曖昧な存在に過ぎない。真の存在は普遍的であるから、付帯的存在(家の住み心地)は真の存在ではない。

というわけで、付帯的存在は真の存在から除外され、真の存在の可能性として実体が残ります

実体は、今度は個物形相に分けられます。個物と形相の関係は、英語の「SVC」構文における「S」(主語)と「C」(補語)の関係と同じです。

例えば、 “a horse is an animal.” という文なら、 “a horse” が個物で “an animal” が形相になります。「馬」という個物を形容するのが形相というわけですね。

形相は個物の付属物として働く。したがって、真の存在は個物である__とアリストテレスは考えました(厳密に言えば、もう少し細かな分類もあるのですが)。

ここで注目すべきは、真の存在は形相ではなく個物である、という点です。プラトンの場合、真なる存在はイデア(形相)であり、個物はイデアの模像に過ぎないと考えられていました。アリストテレスの存在論では、この形相と個物との関係が逆転し、真なる存在は個物であると言われるようになったのです。

個物か形相か。あるいは別の第三者か。「何が存在するのか」をめぐる問いは、古代ギリシアから脈々と継承され、現在も議論の的になっています。

形而上学の内容③:アリストテレスの神学

普通、神学は形而上学から区別されます。というか、神学は哲学とは学問として別モノです。

しかしアリストテレスにおいては、神学は形而上学に含まれます。なぜなら、神なくしてアリストテレスの理論は成立しないからです。

アリストテレスによる神の説明はいろいろありますが、大別して以下の4つに分けられます。

①あらゆる運動には原因が必要だが、この世の最初の運動はそれ自体が運動の原因になっていなければならない。運動の原因と結果を併せ持つ超越者を神と呼ぶ

②あらゆる種には、種を包括する上位概念としてが存在する。となると、それ自体を包括する類が存在しないような最高位の類が存在するはずである。その最高位の類のことを、神と呼ぶ

③この世に存在している事物は、現実に存在する前に可能性として存在していなければならない。となると、この世に存在する事物の存在可能性全てを包括する可能性の総体が必要になる。その可能性の総体を神と呼ぶ

④万物の創造は、何らかの目的に沿って行われる。となると、万物の創造に先立って、事物の創造を可能にした究極の目的があったはずである。この究極の目的を神と呼ぶ

原因、類、可能性、目的といろいろなキーワードがありますが、いずれもこの世界の存在の根源として神を立てている点では同じです。この世界が存在するためには、普通の存在とは区別される超越者が必要になる。その超越者こそが神と呼ばれている、というわけです。

世界の基礎的なあり方を神によって説明しているので、「形而上学的神学」とでも呼べそうな思想ですね。

形而上学を学ぶ上でおすすめの本

最後に、これから形而上学を学ぶ上でおすすめしたい本を、古典と入門書に分けてご紹介します。

個人的には古典から読むのがおすすめですが、話が難しすぎると感じる人は入門書から読んでみてくださいね。

形而上学を学ぶ上でおすすめの本①:古典

形而上学に関連する古典としておすすめしたいのは以下の3点です。

  • アリストテレス『形而上学』(上・下)出隆訳、岩波書店、1961年。(Amazonリンクは こちら)
  • デカルト『哲学原理』桂寿一訳、岩波書店、1964年。(Amazonリンクは こちら
  • ハイデガー『形而上学入門』川原栄峰訳、平凡社、1994年。(Amazonリンクは こちら

1つ目はアリストテレスの形而上学』。形而上学に関する古典の中でも最も古い、いわば大御所的な立ち位置の著作です。紀元後の哲学の大半がアリストテレスを範としている以上、避けては通れない必読書と言えるでしょう。

2つ目はデカルトの『哲学原理』です。デカルトといえば「我思うゆえに我あり」が有名ですが、存在と認識との関係を逆転させた彼の議論は、形而上学者なら是非とも理解しておきたいところです(詳しくは以下の記事をご覧ください)

『哲学原理(デカルト)』要旨・要約、感想とレビュー

3つ目はハイデガーの『形而上学入門』です。ハイデガーといえば『存在と時間』が有名ですが、少し難解すぎるので、まずは『形而上学入門』を読むのをオススメします。ハイデガーが語る「存在論的差異」の問題はアリストテレスとの繋がりが大きいので、アリストテレスを読んだ後にハイデガーを読んでみると面白いですよ。

形而上学を学ぶ上でおすすめの本②:入門書

形而上学の入門書でオススメしたいのは、以下の2点です。

  • スティーブン・マンフォード『哲学がわかる 形而上学』秋葉剛士、北村直彬、岩波書店、2017年。(Amazonリンクは こちら
  • 秋葉剛士・倉田剛・鈴木生郎『ワードマップ現代形而上学—分析哲学が問う、人・因果・存在の謎』新曜社、2014年。(Amazonリンクは こちら

マンフォードの『哲学がわかる 形而上学』は、Oxford University Pressが刊行している「哲学がわかる」シリーズの中の一冊です(他に『哲学がわかる 自由意志』・『哲学がわかる 因果性』が刊行されています)。短めのテキストで、専門用語を介さずに形而上学を説明しているので入門者にオススメです。価格も1870円と安めなので、ぜひご購入ください。

秋葉他の『ワードマップ現代形而上学—分析哲学が問う、人・因果・存在の謎』は、20世紀に体系化された「分析哲学」という方法論を使って形而上学を解説した著作です。

一般的な解説書のように哲学を歴史的に説くのではなく、現代の形而上学が扱っている問題をいくつか取り上げて解説するスタイルをとっているため、哲学史に疎い人でもとっつきやすい仕様になっています。ぜひお試しあれ。

おわりに:

いかがでしたか?

この記事では、形而上学の概要と具体的な内容、さらにオススメの本まで網羅的に解説してきました。

形而上学が問いただすのは、普通に考えたら「当たり前じゃん」と思うような問題ばかりです。

でも、その「当たり前」にこそ、考える価値のある難しい問題が潜んでいる。だから2000年以上もの間世界中の哲学者が夢中になって形而上学の問題について議論しているのです。

もちろん人によっては「いや……普通に興味ないわ」って思う人もいるでしょうが、一瞥もせずに切り捨てるのはもったいないので、ぜひ本屋でチラッと「形而上学」の棚を見てみるくらいはしてみてくださいね。

それでは!!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。