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はじめに:ソクラテスとは?
哲学に関心のある方もそうでない方も、「ソクラテス」という名前を一度は聞いたことがあるでしょう。
古代ギリシアの三哲人の一人で、後のプラトン・アリストテレスに多大なる影響を及ぼした大賢者。「無知の知」を標榜して、従来の独断的な知性を断罪した道徳人。裁判で死刑に処され、毒杯を仰いで亡くなった悲劇の主人公。
色々な語られ方をされているソクラテスですが、話の内容が複雑なので、どんな人物なのかイマイチ掴みづらいですよね。
そこでこの記事では、ソクラテスの思想の概略と哲学史上の立ち位置を説明し、これからソクラテスについて学ぶ人にオススメの著作を古典と入門書に分けて解説します。
ソクラテスを理解すれば哲学の根源を理解できますので、ぜひこの記事を最後まで読んでみてくださいね。
※ソクラテスは一切の書籍を書き残さなかったため、その思想は彼の後継者の伝達によって解釈されてきました。
ソクラテス解釈における参考資料は、19世紀までは古代ギリシアのクセノフォンの著作が重要視されていましたが、現代では主にプラトンの著作を参考にした解釈が展開されています。
この研究伝統に従って、本記事でも基本的にはプラトンの著作を参考にしたソクラテス解釈を行います。ご理解いただければ幸いです。
ソクラテスの思想
初めにソクラテスの思想について概略を示します。
ソクラテスの思想の大枠は、概ね以下の3つの要素によって構成されています。
- 対話
- イロニー
- 徳と知
一番重要なのが「対話」で、他の2要素は「対話」からの派生です。というわけで、まずは「対話」から見ていきましょう。
ソクラテスの思想①:対話
ソクラテス思想の最大の特徴は「対話」にあります。
ソクラテス以前の時代において、哲学とは独力で真理を探究する孤独な営みであると考えられていました。世界について一人で悶々と考え続け、普遍的な理を見つけるのが哲学である、と。
一方でソクラテスの哲学は、他人との対話に重きを置き、対話の中での探求作業を重視していました。
ソクラテスの対話は、主に「現場」「相互」「問答」「不知の自覚」という4つの特徴を持っています。順番に見ていきましょう。
まずは「現場」性について。
対話を重視するソクラテスは、一つの普遍的な真理を目指すのではなく、「現場」の対話によって生じた文脈に沿った知識を志向していました。同じテーマについて語る場合でも、対話する相手との関係によって、導かれる結論は違っていたわけです。
次は「相互」性です。
ソクラテス以前の場合、哲学者が聴衆に話をする場合は、不特定多数を相手に一方的に語りかけるだけの講義形式が一般的でした。
これに対してソクラテスの対話は、特定の相手と向き合い、その人の生き方を吟味して価値観を変容させ、更には相手との対話を通じて自分の価値観すら変えてしまう相互的な対話になっていました。現代で言うところのアクティブラーニングに通じるところがありますね。
3点目は「問答」性ですが、この性質はソクラテスの対話形式に関係しています。
古代ギリシアの弁論の基本は、まず自分の主張を最初から最後まで語り尽くし、その後で相手からの反駁を待つというスタイルにありました。今のディベートと同じですね。
一方でソクラテスの対話は、基本的に一問一答形式で進めるスタイルを取っていました。自分の話を捲し立てるのではなく、自分の主張と相手の主張を重ね合わせながら、協働して議論を進めていくわけです。ディベートには向かない形式かもしれませんが、ある意味建設的な議論の形式ですよね。
最後の4点目は「不知」性です。この性質は、ソクラテスの対話の究極の目的に関わる部分なので、注意して読んでみてください。
ソクラテスにとっての哲学(=対話)の目的とは、人間(自分自身と他人)の考えを
「知らないのに知っていると思い込む」状態から
「知らないので、その通り知らないと思う」状態へ
変化させる点にありました。要するに、自分の知性を誤解している状態から、その誤解が正された状態へ進む、ということですね。
最初の「知らないのに知っていると思い込む」状態のことを「無知」(ametheia)と言い、後の「知らないので、その通り知らないと思う」状態のことを「不知」(agnoia)と言います。
入門書だと「無知」と「不知」はあまり区別されませんが、古典ギリシア語を見ればわかるとおり両者は全く違う単語です。日本でよく「無知の知」と呼ばれている状態は「不知」に当たるので注意しましょう。
ソクラテスの思想②:アイロニー
ソクラテスの思想は、その内容と伝え方において非常にアイロニカル(皮肉的)になっています。先ほどご説明したソクラテスの「対話」を踏まえて、彼のアイロニーについて解説していきましょう。
思想の内容におけるアイロニー
再三説明しているように、ソクラテスの思想の本質は「対話」にあります。この「対話」の目的は、突き詰めればソクラテスと対話者の「否定」になります。
対話が始まる前、ソクラテスの対話の参加者は、無意識に
「知らないのに、知っていると思い込む」状態に陥っています。
この「無知」(amethia)の状態を否定し、対話参加者を「知らないので、その通り知らないと思う」という「不知」の態度(agnoia)へ誘うことこそ、ソクラテスの「対話」の本質なのです。
現状を否定し、本質を導く。ここにソクラテスのアイロニーの本質があります。アイロニーとは、現実のそのままの意味の裏返し(否定)として、その現実の本質を見出す行為だからです。
ソクラテスの対話は現状の否定であるがゆえに、必然的にアイロニーとしての性格を持つ。覚えておきましょう。
思想の伝え方におけるアイロニー
ソクラテスのアイロニーは、思想の内容だけでなく、その伝え方にも及んでいます。
ソクラテスは聴衆たちに、「徳は教えられない」と説きました。
この「徳」とは、ソクラテスにとっての哲学の真理を指す言葉です。ソクラテスの哲学は、対話によって人間の実存をよりよく導くものであり、言い換えれば人間をより徳のある人間にする営為でした。ソクラテスにとって哲学の真理とは「徳」に他ならなかったわけです。
「自分がどのようにあるか」という実存の真理(徳)は、数学的・物理的な真理と違い、徹底して主観的な性質を持っています。徳は主観によって導かれる以上、他の人からもらうことができません。「徳は教えられない」とは、つまりそういう意味です。
徳が主観的真理である以上、人は自分で徳を見つけるしかなく、師匠から教わることはできません。しかし裏を返すと、「徳は教えられない」という文言は、それ自体が一つの教えになっています。「徳は教えられない」は、「徳とは、他人から教わって理解できるものではない」という意味内容を含んでいるからです。
だとすると、この「徳は教えられない」は、一つのアイロニーを含んでいます。ソクラテスは、「教えられない」と表面的には言いつつも、「徳は教えられない」という徳の性質を暗に示しているのです。
思想内容と伝え方__ソクラテスの思想は、外面から内実まで徹底してアイロニーに彩られています。このアイロニーに、プラトンやアリストテレスは惹きつけられたのかもしれません。
ソクラテスの思想③:徳と知
先ほど、ソクラテスの実存思想の本質として「徳」を紹介しましたが、この「徳」の問題はソクラテスの知識論とも深く関わっています。誤解を恐れずに言えば、ソクラテスにおいては徳こそ知に他ならないのです。
ソクラテスの思想解説を締めくくるにあたって、最後にこの徳と知との関係について説明しておきましょう。
例えば、「良い医者とはどんな人か?」と聞かれたとき、私たちは普通「医療の技術に長けた人物」と答えるでしょう。医者は一種の職人であり、職人の質は技術の卓越性で決まる、と。
ところがこの「良い医者とはどんな人か?」という問題に対して、ソクラテスは以下のように答えます。
「良い医者とは、『医者』の知を持っている人だ」と。
良い医者がどんな人物かという質問に答えるためには、そもそも「医者とは誰か」という質問に答えられなければなりません。
医者とは誰か。手のひらサイズの辞書を常に携帯している私たちなら、この質問には簡単に答えられそうな気がしますよね。早速デジタル大辞林を引いてみましょう。
デジタル大辞林で「医者」と検索すると、
「病人の診察・治療を職業とする人」
という検索結果がヒットしました。なるほど、確かにこの答えは正しいように見えます。
ただしこの答えは説明不足になっています。「病人」や「診察」・「治療」などの言葉の意味が説明されていないからです。面倒くさいですが、今度は「病人」・「診察」・「治療」について調べてみましょう。
- 「病人」:病気にかかっている人
- 「診察」:病気の有無や症状などを判断するために、医師が患者の体を調べたり質問したりすること
- 「治療」:病気や怪我を治すこと。病気や症状を治癒あるいは軽快させるための医療行為
この3つの説明を踏まえると、今度は「じゃあ病気や症状とは何か?」や「何を持って病気や症状の治癒・軽快を判断するのか?」などといった疑問が浮かび上がります。「医者」という言葉を詳しく調べていくにつれて、知識は専門的になり、より膨大な量になっていきます。
医療に関する専門知識には、医学書に書いてある形式知だけでなく実務を通じて得られる暗黙知もたくさん含まれています。
それゆえ、「医者とは誰か?」という問題に関わる膨大な専門知識を持った人物とは、医療に関わる理論的・実務的な知識を幅広く有した人物ということになります。これがソクラテスの「「良い医者とは、『医者』の知を持っている人だ」という発言の意図なのです。
徳のある人物になるには知が必要であり、知を持っていれば徳のある人物になる。徳(倫理学)と知(知識論)の結節点に、ソクラテスの思想の本質があります。
哲学史上のソクラテス
ソクラテスの思想の概要を説明したところで、今度はソクラテスの哲学史上の意義を紹介いたします。
一般に、ソクラテスは現代の哲学の始祖とされていますが、ソクラテスがゼロから哲学を開拓したわけではありません。ソクラテスに先立つ数々の哲学者の上に彼の思想は成り立っています。
ソクラテスが後世の哲学に与えた影響は周知の通りなので、ここではソクラテスが影響を受けた哲学者について簡単に紹介します。もし、ソクラテスが後世の哲学に与えた影響を知りたい人がいれば、以下の記事をご参照ください。
プラトンの「国家」の思想内容をわかりやすく解説!構成から要旨・要約・感想まで
アリストテレスの思想についてわかりやすく!形而上学から政治学・詩学まで
ソクラテスが影響を受けた哲学者
ソクラテスの知的な背景として指摘されるのが、いわゆる「イオニア自然哲学」です。ソクラテスの思想の中心課題は「徳」ですが、若い頃は自然学に興味を示しており、自然界における万物の根源の探求を目的としたイオニアの哲学者を師匠としていたと言われています。
イオニア自然哲学者の中でも、アルケラオスとアナクサゴラスはソクラテスとの思想的関係が深かったそうです。アルケラオスの思想については資料がほとんど残っていないので、ここではアナクサゴラスについて簡単にご紹介します。
アナクサゴラスは、万物の根源は「混合」であると考えていました。
あらゆる事物は独立せずに存在している。そのため、どれだけ世界を微細に分析したとしても、その微細な粒子の中には何らかの混合状態が発生している。
この「混合」の発想は、ソクラテスを経て、後のライプニッツに引き継がれていくことになるので、もしライプニッツに興味がある方はぜひ調べてみてください。
ソクラテス関連でオススメの本
最後に、ソクラテスに関連する書籍でおすすめの本を古典と入門書に分けてご紹介します。
実際のソクラテスの言葉を知りたい方は古典を、まずは手っ取り早くソクラテスの思想を知りたい方は入門書を読んでいただければ幸いです。
ソクラテス関連でオススメの本①:古典
ソクラテスに関連する古典作品のおすすめは以下の3点です。
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いずれもプラトンの著作で、「ソクラテスの対話篇」と言われる作品群の中から抜粋しています。
『ソクラテスの弁明』は、若者を異端思想に扇動した罪で咎を受けたソクラテスが、裁判で聴衆に自らの哲学対話の正当性を示す姿が描かれています。国法の遵守を何よりも重んじていたソクラテスが、最後に国法の上に立つ神の法の理を説く姿が最大の見どころです。
『プロタゴラス』は、「人間は万物の尺度」という相対主義を唱えたプロタゴラスと、その思想に対立するソクラテスとの対話を描いた作品です。個人的には、政治的に極端な思想を独りよがりに捲し立てる政治家に読んで欲しい作品になっています。
最後の『パイドロス』には、ソクラテスがパイドロスというアテナイの知識人とともに、弁論術の仕組みと愛の働きについて語り合う対話が描かれています。『プロタゴラス』とともに、当時のソフィスト(弁論家)たちへの批判となっている作品なので、ディベートに興味がある方はぜひご一読ください。
ソクラテス関連でオススメの本②:入門書
ソクラテス関連でおすすめの入門書は以下の2点です。
- 岩田靖夫『ソクラテス』勁草書房、1995年。 Amazonリンクはこちら
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ソクラテス、及びソクラテスに直接関わる重要人物(クセノフォン・アリストファネス・プラトン・アリストテレスなど)のみを重点的に理解したい人は岩田先生の著作を、古代ギリシア哲学し全体を俯瞰して、その中でのソクラテスの立ち位置を理解したい方は納富先生の著作を読んでみてください。
どちらも初心者向けでわかりやすい著作ですが、個人的には納富先生の著作がおすすめです。これ一冊読めば、イオニア自然哲学からアカデメイアの哲学まで網羅的に理解できます。定価4840円ポッキリなので、ものすごくコスパ良く古代ギリシア哲学を学べる優れものです。ぜひご購入ください。
おわりに:ソクラテスの思想のまとめ
いかがでしたか?
この記事では、ソクラテスの思想について、その内容と歴史的意義・おすすめ本を紹介してきました。
ソクラテスの思想は、常に自分の現状を否定して本質を志向するアイロニカルな精神の元に展開されています。否定には痛みが伴いますが、その痛みは前へ進むための必要悪なのです。
心の中の小さなソクラテスと対話しながら、少しずつ真理へ前進していきましょう。
それでは!!
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