目次
『風土 人間学的考察』の基本情報
書籍名:風土 人間学的考察
著者名:和辻哲郎
発行:岩波書店
発行年:1979年
『風土 人間学的考察』のキーワード
カテゴリ:哲学
キーワード:日本思想、西洋思想、存在論
『風土 人間学的考察』のレビュー
「自然環境を守ろう!」という標語には、もはや取り立てて新しさを感じられなくなってきている。
しかし改めて考えてみると、私たちが守るべき「自然環境」とは何であろうか。仮に自然環境を、産業革命以前の状態に戻せたとして、私たちの自然保護活動は成功したと言えるのだろうか。
答えはもちろんノーである。私たちは対象としての自然環境の保護を追求しているのではなく、自然環境と私たちの関わり方の改善を追求しているのだから。
この自然環境と私たちとの関わり方について、今から80年ほど前に論じた日本の思想家がいた。和辻哲郎である。「風土」というキーワードに基づく彼の自然観・人間観には、今なお傾聴すべき点が多くある。自然環境に関心のある読者には必携の古典と言えるだろう。
『風土 人間学的考察』の要旨・要約
私たちは常に何かを感じて(例えば「今日は寒い」などと感じて)生きているが、このような経験をするとき、既に私たちは外界に開かれている。寒さなどを「感じる」という経験の中に、既に自我と他なるものとの関係が息づいているのである。
私たちはこのような経験を常時行っているとすると、その経験に息づく関係性こそ、私たちの人間としてのあり方の本質を形成していることになる。自我と他なるものとの関係の仕方を、本書では「風土」と呼ぶ。
風土には3つのパターンがある。モンスーン、沙漠、牧場である。東・南アジアはモンスーン、西アジアは沙漠、ヨーロッパは牧場に当てはまる。
湿度が高く生命力豊かなモンスーン型の風土において、人は受容的・忍耐的・情動的になる。
湿度が低く常に死の危険がある沙漠型風土において人は対向的・戦闘的・社会的になる。
そして穏やかな気候に際している牧場型風土において、人は合理的になる。
このように、風土という自我と自我を取り囲むものとの関係性は、人間の本質的な性格を規定している。
『風土 人間学的考察』への感想
『風土 人間学的考察』への感想①:「風土」への注釈
本書における中心概念「風土」は非常に誤解されやすいので、ここで改めて注釈しておきたい。
私たちは、自分たちが感じている「寒さ」について、外界に「寒気」なるものがあって主体がその「寒気」を知覚していると(なんとなく)信じている。
しかし、外界の自然的現象をいかに詳細に分析しようとも、「寒気」なる事象は発見され得ない。というのも、「寒気」はあくまで自分の意識の中で生じる一種のクオリアであり、いかなる手段を以てしても客体化=分析不可能なものだからである。
したがって私たちは従来の思い込みを改めねばならない。
外界に「寒気」があって私たちが「寒さ」を感じるのではない。私たちが「寒さ」を感じることによって、その知覚の対象(「客体」)として「寒気」を捉えることができるのである。
私たちと世界との最も原初的な関係(=風土)は、この「寒さを感じる」というような知覚経験にある。この知覚経験から、「感じる」対象としての客体と、「感じる」主体との区別が生起する。
したがって、「風土」は主体としての私たちの根源にあり、私たちのあり方を規定する最も基本的な要素であると言える。
『風土 人間学的考察』への感想②:和辻哲郎とハイデガー
本書は、非常にハイデガー的な思想によって成り立っている。和辻自身、本書におけるハイデガー哲学の影響の大きさを次のように認めている。
「自分が風土性の問題を考え始めたのは、1927年の初夏、ベルリンにおいてハイデッガーの『有と時間』(『存在と時間』のこと。注釈はライター)を読んだときである」(p3)
実際、和辻の「風土」に対する考え方と、ハイデガーの「世界」に対する考え方はかなり似ている。詳しく知りたい人は、ぜひハイデガーの『存在と時間』を読んでみてほしい。
ハイデガーの存在論を基盤として、和辻はその理論を比較文化論に応用している。この比較文化論に、和辻の思想の独自性がある。彼は自身の芸術的直観によって、「風土」という観点から世界中の人間の本質を三つに類型化してみせた。
本書の記述について、やや雑な類型になっているという指摘もあるが、和辻自身の旅行体験の記述の臨場感もあって、納得できる部分も多くあると私は感じている。本書で示された類型を参考にして、別の類型の仕方の可能性を考えてもいいかもしれない。
『風土 人間学的考察』と関連の深い書籍
『風土 人間学的考察』と関連の深い「日本思想」の書籍
- 九鬼周造著『「いき」の構造 他二篇』、岩波書店、1979年
- 西田幾多郎著『善の研究』、岩波書店、1979年
- 和辻哲郎著『古寺巡礼』、岩波書店、1979年
『風土 人間学的考察』と関連の深い「西洋思想」の書籍
- カント著・波多野精一;宮本和吉;篠田英雄訳『実践理性批判』、岩波書店、1979年
- ヘーゲル著・熊野純彦訳『精神現象学 上・下』、筑摩書房、2017年
- ヘーゲル著・武市健人訳『哲学史序論―哲学と哲学史―』、岩波書店、1967年
- ヘルダー著・宮谷尚美訳『言語起源論』、講談社、2017年
- マルクス著・長谷川宏訳『経済学・哲学草稿』、光文社、2010年
『風土 人間学的考察』と関連の深い「存在論」の書籍
- ハイデガー著・細谷貞雄訳『存在と時間 上・下』、筑摩書房、1994年
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