『ハーモニー(伊藤計劃)』あらすじ、感想とレビュー

『ハーモニー(伊藤計劃)』あらすじ、感想とレビュー

『ハーモニー』の基本情報

書籍名:ハーモニー
著者名:伊藤計劃
発行:早川書房
発行年:2008年

『ハーモニー』のキーワード

カテゴリ:文学
キーワード:近代以後の日本文学、小説

『ハーモニー』のレビュー

アリストテレスは『ニコマコス倫理学』の中で、究極の幸福は観照的な(非実践的な)性格を持っているが、それは超人間的な幸福であり、人間的な幸福とは倫理的卓越性に基づいた実践を伴う性格のものであると指摘した。

本書『ハーモニー』は、まさにこの「超人間的な幸福」を指し示す傑作小説と言えるだろう。著者である伊藤計劃(けいかく)は本書が上梓された一年後、34歳で夭折してしまったが、彼は生前、サイバーパンクに必要な要素は「人間とは何か」という問いであると考えていた。

本書では、人間の幸福をテーマとして人間性の深淵が開かれている。その深淵から出てくるのは、天使か悪魔か人間か。ウィリアム・ギブスンさながらの疾走感ある文体が特徴の、21世紀日本を代表するSF作品を、ぜひご堪能あれ。

『ハーモニー』のあらすじ

2019年アメリカから発生し、全世界に壊滅的な被害をもたらした<大災禍>から約半世紀。人類は<生府>という新たな機関を頂点に据えた高度医療社会を築き、社会のための健康と幸福が義務付けられる世界に生きていた。

その<生府>直轄の組織に勤める主人公、霧慧(きりえ)トァンは、ある事情によって勤め先のニジェールから日本に送還される。そこで彼女は旧友の零下堂(れいかどう)キアンと再会するのだが、キアンとの食事中に、キアンを含めた全世界6000人以上が同時に自殺を図るという事件に遭遇してしまう。

事件の裏側に亡くなったはずの旧友・御冷ミァハが関与している可能性に気づいたトァンは、バグダットを経てミァハがいるとされるチェチェンへ急ぐのだが……。

『ハーモニー』への感想

(この感想はラストシーンのネタバレを含むので、予め注意してほしい)
本書を読み終わった後、最初にやってきた感覚は、これまで感じたことのない最高の恐怖だった。

人間の幸福に人間の意思は必要ない。個としての人間は、全ての人間の大きな意識に融かされることで永遠の<ハーモニー>=調和的幸福を得ることができる。

ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』についての記事を書いた時、ディックは人間とアンドロイドとを区別するポイントとして集団内での共感能力を挙げていることを指摘したが、その力を極限まで推し進めると、人間は個体としては死ぬことになる。なんと残酷な結論だろうか。

本書は「人類は今、とても幸福だ。とても、とても」というフレーズで閉じられるが、この命題は、強調されているが故に字義と逆の意味(本当にそれは幸福か?という意味)にも取れる。幸福とはなんだろうか。本書読了後、電撃的な衝撃を受けた後、そんな問いがさざなみのように私の胸に到来した。

『ハーモニー』と関連の深い書籍

『ハーモニー』と関連の深い「近代以後の日本文学」の書籍

  • 伊藤計劃著『虐殺器官』、早川書房、2010年
  • 伊藤計劃;円城塔著『屍者の帝国』、河出書房新社、2014年
  • 冲方丁著『マルドュック・スクランブル』、早川書房、2003年
  • 大原まり子『ハイブリッド・チャイルド』、早川書房、1993年
  • 神林長平『いま集合的無意識を、』、早川書房、2012年

『ハーモニー』と関連の深い「小説」の書籍

  • ギブスン著・浅倉久志訳「クローム襲撃」虚淵玄;大森望編『楽園追放 rewired』、早川書房、2014年

『クローム襲撃』あらすじ、感想とレビュー

  • ギブスン著・黒丸尚訳『ニューロマンサー』、早川書房、1986年
  • ギブスン;スターリング著・黒丸尚訳『ディファレンス・エンジン 上・下』、早川書房、2008年
  • ストロス著・酒井昭伸訳『アッチェレランド』、早川書房、2009年

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