【ネタバレ注意】『ペスト(カミュ)』あらすじ、感想とレビュー

【ネタバレ注意】『ペスト(カミュ)』あらすじ、感想とレビュー

『ペスト』の基本情報

書籍名:ペスト
原題:La Peste
著者名:アルベール・カミュ
翻訳者名:宮崎嶺雄
発行:新潮社
発行年:1969年

『ペスト』のキーワード

カテゴリ:文学、実存主義
キーワード:ペスト不条理の悪

『ペスト』のレビュー

2020年6月現在、新型コロナウイルスによる災禍は世界中を覆い尽くしている。発生の確認から約半年が経過したが、感染の勢いは全く衰えていない。

このような現状の中で、売り上げを急激に伸ばしている文学作品がある。20世紀フランスを代表する実存主義的作家であるアルベール=カミュの『ペスト』である。

本作で描かれている状況は、あまりにも現在のコロナ禍に酷似している。そのため「カミュはコロナを予言した!」という意見も聞かれるほどである。

しかし、本作でカミュが「ペスト」に託しているのはこの世の不条理な悪の全てであり、コロナやペストなどの伝染病だけが問題にされているのではない。

だから私たちは、例えコロナが過ぎ去った後でも『ペスト』を読まなくてはならないのである。私たちの人生に避け難く到来する不条理な悪に、真正面から向き合うために。

『ペスト』の要旨・要約

アルジェリアのとある町・オランで、ある日突然ネズミの死体が大量に発見された。

ネズミの死体は日に日に増えて、1日あたり数千体のネズミの死体が回収されるようになった。

突如起こった不気味な現象に人々が戸惑っているとき、主人公である医師のリウーのもとに1人の老人がやってくる。オランで門番を務めるその老人は、高熱や腫瘍に苦しめられ、やがて亡くなってしまった。

その後も同様の症状で亡くなる市民が現れ、リウーはこの症状の原因がペストであることを確信するようになる。

事態を深刻に受け止めたリウーは県知事たちに助力を求めるが、援助は遅々として進まない。県がようやく本格的に対策に乗り出したときには、すでに多数の死者が出てしまった後だった。

感染の抑止のために、町全体が封鎖され、食糧が配給されるようになり、必要外の娯楽施設が封鎖されたが、大多数の市民は楽観的な態度を維持していた。町の神父の、現在の災禍に宗教的意義を見出す説法を、人々は有り難く聞いていた。

世間の楽観主義をよそに、医師であるリウーは増え続ける患者と死者の対応に悩まされていた。

リウーは、悶え苦しむ患者に対して冷静に処置をすることが自分の使命であると考え、淡々と職務を全うしていくが、限界は刻一刻と近づいていた。

オランの町がいよいよ地獄の様相を呈してきたある日、突如として感染者数・死者数が減少に転じる。当初人々はその減少を怪しんでいたが、やがてペストはオランの町から去っていった。

不条理に人命を奪い続けたペストは、不条理に消え去ったのである。

『ペスト』への感想

本作『ペスト』では、ペストの流行に何らかの意味を求める宗教者・市井の人々と、ペストがただただ無意味に人命を奪い続けている現実に延々と戦い続ける医師リウーとの対立が描かれている。

リウーは、本作のもう1人の主人公であるタルーに「あなたは神を信じていますか」と問われたとき、

「信じていません。しかし、それは一体どういうことか。私は暗夜の中にいる。そうしてそのなかでなんとかしてはっきり見きわめようと努めているのです」(p.184)

と答えていた。

ペストが人命を貪り尽くす現実に、何ら意味などない。この悪夢はまさに「暗夜」である。それでもなお生きていくためには、この暗夜たる現実を直視し、自らにできる仕事を淡々とこなすほかない。リウーは1人の医師として覚悟を決め、地獄を何とか生き抜いていく。

リウーとは対照的に、市井の人々は何とかしてこの暗夜に「意味」という光が差すことを願い、ペストを神からの試練と謳う神父の言葉を心の支えにして、日々をやり過ごそうとしていた。

リウーのように現実の無意味をそのまま直視しようとする人が少数になり、無意味な現実に「意味」を仮構して生きようとする人々が多数を占める。

この構図は、コロナ禍にある現在の日本社会でも変わらない。

「コロナに負けるな」というわかりやすいキャッチフレーズがまかり通っているが、ウイルスに対する人間の戦いは常に「際限なく続く敗北」(p.188)である。

私たちはおそらく、コロナに対しても、アフターコロナのいかなる災厄に対しても敗北し続ける。しかし私たちはそれでも生きていかねばならない。例え無意味であるとしても、いつかはどうせ死んでしまうとしても。

『ペスト』と関連の深い書籍

『ペスト』と特に関連の深い書籍

  • カミュ著・大久保敏彦訳『最初の人間』、新潮社、2012年
  • カミュ著・窪田啓作訳『異邦人』、新潮社、1963年
  • カミュ著・高畠正明訳『幸福な死』、新潮社、1976年
  • サルトル著・伊吹武彦ほか訳『水いらず』、新潮社、1971年
  • サルトル著・鈴木道彦訳『嘔吐』、人文書院、2010年

『ペスト』と関連の深い「実存主義」の書籍

  • キルケゴール著・桝田啓三訳『死に至る病』、筑摩書房、1996年
  • サルトル著・松浪信三訳『存在と無ー現象学的存在論の試み』Ⅰ〜Ⅲ、筑摩書房、2007−2008年
  • ハイデガー著・細谷貞雄訳『存在と時間』上・下、1993−1994年
  • ヤスパース著・草薙正夫訳『哲学入門』、新潮社、1954年
  • ヴェイユ著・冨原眞弓訳『重力と恩寵』、岩波書店、2017年

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  1. ピンバック: 無意味への死刑|『異邦人(カミュ)』あらすじ、感想・レビュー | 【OLUS】オンライン図書館

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